序文
この度,「visual core pharma 薬物治療学」改訂11版を発刊することになりました.初版から10年が経過し,今後も新たな知見を増やし,さらに発展・充実した書籍として編集を進めてまいります.
改訂10版の序文では,今後の薬剤師には,処方設計と薬物治療の実践が求められると記載しました.薬学教育でも,薬剤師が担う臨床的な薬物治療の実践について各大学で講義が行われています.処方解析学では,医師がどのような意図で薬物治療を実施しているかについて,薬剤の適応症のみならず,多くのエビデンスや診療ガイドラインから考えるとともに,薬物治療を支援する薬剤師の業務を学びます.処方設計管理学は,薬剤師の視点で適切な薬物治療を提案することを目的とした学問です.すなわち,処方解析学で学んだ具体的な薬物治療の実際とその管理をもとに,薬剤師自らが主体的に,効果的で安全な薬物治療に関与することを目的としています.
薬剤師には医師とともに薬物治療の適正化に責任を持ち,効果的で安全な薬物治療を国民に提供する義務があります.しかし,臨床現場では,所謂ポリファーマシーに関する問題点が指摘され,その改善が求められています.ポリファーマシーは,「poly」+「pharmacy」を組み合わせて作った造語で,「多剤併用」を意味します.厚生労働省の「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」では「多剤服用の中でも害をなすもの」をポリファーマシーと呼び,単に服用する薬剤数が多いことではなく,それに関連して薬物有害事象のリスク増加,服薬過誤,服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態としています.また,この指針の主たる利用者は医師,歯科医師,薬剤師であると記載されています.したがって,薬剤師が医師,歯科医師と協働して薬物治療の適正化に寄与することが求められており,その基礎となるのが,処方解析学と処方設計管理学となります.
2016年度の診療報酬改定では,医薬品の適正使用の推進に向けたポリファーマシーの改善を目的として,入院には薬剤総合評価調整加算,外来には薬剤総合評価調整管理料が新設されました.薬剤総合評価調整管理料は診療報酬点数表のB008−2に掲載され,薬剤師業務に対する診療報酬となっています.薬物治療の適正化のため総合的に評価を行い,処方内容を検討した結果,処方される内服薬が減少した場合に評価される報酬です.具体的に示すと,服用を開始して4週間以上経過した内服薬が6種類以上処方されている患者(入院患者以外)への介入により,処方される内服薬が減少したことを評価します.ポリファーマシーの改善は薬剤の減量・中止が目的ではありませんが,薬剤総合評価調整管理料では,当該患者の病状および生活状況等に伴う服薬アドヒアランスの変動等について十分に考慮した上で処方内容を検討し,薬剤投与により期待される効果と副作用の可能性等について総合的に評価し,減薬することが求められています.つまりこの診療報酬は,ポリファーマシーの改善等,医薬品の適正使用の推進のために薬学部で教育してきた処方解析学と処方設計管理学を,薬剤師が医療現場で実践し,その結果が評価されたものとも解釈できます.
初版において「今後,適切な薬物治療の実施には,医師と薬剤師の協働が益々重要になり,不可欠なものとなっていくと考えられます」とした予測は,実現していると考えます.本書が,大学教育での薬物治療学の一般的な知識習得に留まらず,臨床現場での実践書としての役割も担い,より良い薬物治療と医療の実践を目指して進化していくことを願っています.
2022年早春
編者を代表して
吉尾 隆