序にかえて
医療・医学は、先人の汗と努力の結晶で到達したエビデンスを基盤に、長い時間をかけて熟成し構築されてきた歴史がある。そして、それが「当たり前(常識)」となって後世に伝承されていく。伝達役となる現世の医療に携わるわれわれには、そのエビデンスをただ右から左へと移行させるのではなく、自らの手の中で転がし、触り、さまざまな角度から見つめ直して検証する「勇気」が必要ではないだろうか。
新生児・乳児の頭の形と大きさの診断は、その後の児の成長・発達にとって非常に重要な意味をもつ。しかしながら、わが国では、原疾患の有無を問わず頭蓋変形の診断について明確にまとめられた基準値が存在しない。病的頭蓋変形症から向きぐせを誘因とする位置的頭蓋変形症の診断に至るまで、乳幼児健診をはじめとした小児医療現場では診断、そして早期治療の正しい選択をめぐって、混沌としているのが現状である。
受け継いだ「当たり前(常識)」は本当に「当たり前」なのか、「当たり前でないこと(未常識)」を見落としてはいないか、後世に伝承すべき新たな提言はないのか。そのような観点から、われわれは2020年、「日本頭蓋健診治療研究会(Japan Cranial Medical Examination and Treatment Society:JCMETS)」を創設し、未来を担う子どもたちの健康を「頭蓋健診」という学術的見地から議論する場として活動を始めた(研究会の詳細については後述する)。
位置的頭蓋変形症は、乳児において出生前後に生じる頭蓋の多平面変形である。
これは、他の多くの「非閉鎖頭蓋縫合」頭部変形に関する記述および報告の実態と同様に、もし未治療のまま放置された場合には、重大な機能的、神経学的、美容的、および心理学的な影響をもたらす可能性がある。たとえば、眼窩内の筋肉や神経などにかかる圧力は、感覚障害や運動障害を引き起こす1)。その結果、頭蓋変形のある乳児は、空間における頭部の向きの異常をまかなうべく、眼や前庭の機能障害を引き起こす可能性がある2)。また、頭蓋骨の成長の85%が生後1年以内に完了することを考えると3)、この短期間での早期発見と治療が何よりも重要であると言える4)。
本書では、頭蓋変形の概念、一般の乳幼児健診の場でのスクリーニング方法、専門の医療機関における診断、治療の導入方法について、ハンドブックとしてわかりやすく記載した。さらに、頭蓋変形に関する家族からの質問に答えるQ&A集、一読すべき関連論文についても紹介した。本書を通じて、「頭蓋変形」という病態について、「伝承」をよりよき医学的「伝統」へと昇華できることを切に願うものである。
2022年4月
日本頭蓋健診治療研究会
【参考文献】
1) Rekate HL. Occipital plagiocephaly:A critical review of the literature. J Neurosurg. 89(1), 1998, 24-30.
2) Argenta LC, David LR, Wilson JA, et al. An increase in infant cranial deformity with sleeping position. J Craniofac Surg. 7(1), 1996, 5-11.
3) Aihara Y, Komatsu K, Dairoku H, et al. Cranial molding helmet therapy and establishment of practical criteria for management in Asian infant positional head deformity. Childs Nerv Syst. 30(9), 2014, 1499-509.
4) Graham JM Jr., Charman CE, Chaisson R, et al. Postnatal head deformation:anthropological observations and applications to the treatment of postnatal plagiocephaly. Proceedings of the Greenwood Genetic Center 7, 1988, 156-59.