監修の言葉
COVID‒19のパンデミックから3年目に突入した今,まさに待望の一冊が登場しました.感染が拡大し時間が経つにつれて,コロナ後遺症というものが社会問題にまでなっています.症状は多彩で,脳,呼吸器,心臓,消化管,筋,末梢神経,皮膚と全身に及び,患者さんも増えています.COVID‒19発症後に,半数程度の患者さんが何らかの後遺症を認めるとする研究もあります.後遺症の発症機序を解明するための研究や疫学的研究は始まりましたが,まだ解明されたわけではありません.もちろん治療法も確立されたものはなく,手探りにより行われているのが現状です.そして,コロナ後遺症の診断には,客観的バイオマーカーや診断指針は確立されていないので,外来を受診される患者さん一人一人から経過や症状を聞き,ほかの疾患がないかを除外するといった診療を行う以外手立てがありません.検査で異常を認めることも少なく,個々の症状にあわせた治療を行うことが多くなります.そういったなかで,漢方による治療はたいへん重要な手段の一つです.しかし,漢方を専門としない私も含め,漢方に対する正しい知識と経験を有する医師は少ないのではないでしょうか.本書の執筆者,新見正則先生と和田健太朗先生は西洋医学を極め,かつ漢方医としても一流の医師です.本を開いてみれば,モダン・カンポウのスタイルが踏襲され,症状から選択するべき漢方薬が簡潔に書かれ,とても読みやすくなっています.同時に,コロナ後遺症に関する現時点での科学的解釈,コロナ後遺症に対する漢方薬の利点と限界もきちんと書かれていて,臨床医にとってたいへん使いやすい本だと思います.コロナ後遺症が,これからもずっと存在し続けるのかわかりませんし,科学的なエビデンスによって,治療法が確立される時がくるかどうかもわかりません.そういった不確かななかでも,コロナ後遺症の患者さんに毎日向き合う医師にとって,治療法の選択肢が多いことは,とても重要なことです.コロナ後遺症はがんのように標準治療といったものが確立し,特定の施設でしか治療ができない疾患ではありません.したがって,患者さんをコロナ後遺症と診断する以上,医師は治療についても最後まで患者さんと向き合う気持ちが必要ではないでしょうか.ぜひ本書をお手元においていただき,あるいは白衣のポケットにいれていただければ,明日からの診療に役立つことは間違いありません.そして,COVID‒19の終焉,コロナ後遺症の病態解明と克服が来る日を願う毎日です.
2022年8月
髙尾昌樹
序に代えて
漢方は最良の納得解
新型コロナウイルス感染症がこのような世界規模の混乱を招くとは一部の例外な人を除いて誰も思っていませんでした.致死的な感染症と闘う映画などはありますが,どれも感染症に勝つか負けるかというストーリーで,感染症と共存することなど想像できませんでした.
僕たちは正解のある世の中を生きてきました.予想できる世の中です.ですから両親や先輩からの助言は生きる上で役に立ちました.しかし,世の中の変化のスピードが速くなり,予想できない技術が導入され,予想できないことが勃発し,5年先が予測できない時代になりました.
義務教育は正解を探す訓練です.受験勉強も同じです.医療界も正解を探してきました.ガイドラインやエビデンスなどにより誰かが作ってくれた正解に沿って治療することが医師の仕事になりました.ちなみにエビデンスの世界では1,000例規模のランダム化された臨床試験を勝ち抜くと正解な治療と認定されます.
今回,突然に新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行しました.新型コロナウイルスの感染力が不明で,どれほど恐ろしいものかわからなかった初期に比べれば,現在はたくさんの情報が集まっています.そしてサイエンスは進歩しています.爆発的な流行のもとで人々が感染し,集団免疫を獲得していく過程のなかで,ウイルスも変異し,人間の免疫力,社会の免疫力によってなんとか社会秩序を保っています.
コロナ後遺症はさまざまな症状や病態が報告されています.コロナ後遺症の治療にはまだエビデンスはありません.正解がないのです.正解がないのですが,患者さんは困っているのです.そんなときには方法は3 つしかないと思っています.
①新しい治療法を開発する
②今,ある治療法を応用する(ドラッグトランスフォーメーション)
③生活習慣などで自分の免疫力を高める
まず,臨床医としてできることは保険適用の治療で患者さんの訴えを改善できる方法を探すことです.幸い148種類の漢方薬が保険適用され,保険適用病名が複数あります.漢方薬には大規模臨床試験を勝ち抜いたエビデンスはありませんが,歴史的に淘汰されずに生き残っているという事実があります.コロナ後遺症の患者さんに漢方薬を使うための道標となるよう,本書を緊急出版しました.
正解がない世の中では,納得解を探すしかありません.漢方薬は正解となる西洋薬が登場するまでは,最良の納得解として使えると思います.漢方薬の好き嫌いにかかわらず漢方薬をコロナ後遺症の治療の選択肢に加えてください.
2022年8月
新見正則