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- キャラクターが来る精神科外来
商品情報
内容
アニメや漫画・映画などの物語、歴史上の人物がもし精神科外来に訪れたら、どのようにアセスメントし、診断を下すかをテーマに全38のキャラクターを精神分析。自治医科大学の医学生の診断レポートをもとに、教員が真面目に考察してみた。精神科における診断のプロセスを楽しく学べる一冊。精神科医のみならず、心理学に興味のある方にもオススメ。
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序文
コロナんでもただでは起きぬ
人からいい評価をされるというのは、つまり褒められるというのは嬉しいものであるが、悪い評価は願い下げである。傷つく、落ち込む。担任の先生に呼び出された昔日から、医者になって就職したのち院長だの教授だのに呼び出されるようになっても、エライ人から呼ばれるのは、イヤだ。たいてい褒められない。だから権威ある人の前には行きたくない。
診断されるということ、医者という権威のもとで医学的に診断されるということは病気を持っていると評価されることである。上記のような意味での悪い評価と同じではないが、病気と評価されるのはありがたくないこともまた確かである。「健康診断」というのがあるではないか、といわれるかも知れないが、健康は診断できない。それは悪魔の証明というやつであり、「健康診断」は想定されるいくつかの疾患がないようだといっているに過ぎない。
だから、誰しも医者から診断はされたくないとふつうは思っているだろうし、ときにマスコミが著名人を診断するようなコメントを医者に求めることがあるけれども、そういうのは嫌われることが多い。特に精神科の診断において顕著なのは、精神疾患があるとされることがあたかも人格攻撃であるかのようにとらえられるからで、そう感じること自体が精神疾患への偏見に他ならないのであるが、自分の好きな著名人に精神科医が診断を下したりすることに非常な不愉快感を覚える人も多いようだ。偏見ですけれどね。
このように何かと嫌われる診断だが、診断は医療のまさに入口に位置する非常に重要な営みである。ナニナニ病だと断言できなくとも、だいたいこのあたりの疾患だとか、現状はこんな状態になっているようだとか、何らかの診断的な見通しがないと治療は始められないからである。だから、医学教育においても診断が枢要なのは論を待たない。
しかしその教育に横槍が入った。
話は2020年4月に遡る。われわれの属する自治医科大学においても、いつも通り新学期が始まった。もっともすでに暗雲は垂れこめ始めていたのだが。
2019年暮れに中国は武漢で新型のコロナ・ウイルス(SARS-CoV-2と名づけられた)による集団感染が発生し、2020年1月15日には日本で最初の患者が報告された。2月に入って横浜港に停泊したクルーズ船内での集団感染に耳目が集まるうち、ヨーロッパ、次いでアメリカで感染拡大し、日本でも3月下旬からいわゆる感染第1波が始まった。政府は4月7日に7都府県に緊急事態宣言を「発出」し、4月16日に対象を全国に拡大、ゴールデンウィーク明けまで継続された。
新学期が始まって1週間ばかりの自治医科大学でもこれを受けて学生の講義や実習をすべてオンラインに移行することが要請された。急遽、オンライン用教材を作り、さて、実際に患者と接する機会については何をもって代用しようかということになり、須田教授から、物語や歴史上の人物を精神科診断させるレポートはどうかという提案があった。ついでに医学生の診断をまとめたら本にならないだろうかというのだ。
当初、私は難色を示した。1学年120人ほどのレポートに目を通すこと自体は教員としてイヤとは言えないが、学生がこちらの知らないキャラクターを提示してくる可能性が高く、知らないキャラを学生が正しく評価しているかどうかは判断が困難で、レポート評価が相当に難事業のように思われたからである。しかし考えてみると実際の患者を前にして診断を検討する代わりとしてなかなかうまい方法であることは確かだし、学生たちがどんなキャラクターを出してくるか見てみたい気がしてきたのである。
精神科の診断において重要なツールにDSMがある。アメリカ精神医学会による『診断と統計のためのマニュアル(Diagnostic and Statistical Manualof Mental Disorders)』であり、初版は1952年だが、1980年の第3版、つまりDSM-Ⅲ以降、日本の臨床にも浸透し、最新版は2013年の第5版、DSM-5である。
他方、WHOの国際疾病分類ICDも用いられており、現在使われているのはICD-10だが、すでに2018年にICD-11が公表されており、和訳と日本への適用の最中にある。
これらには疾患の診断基準が掲載されているわけだが、症状が列挙され、いくつ以上の症状があり、これこれの条件を満たせば診断されるなどというように設えられている。精神疾患は原因が特定されていないものが多く、検査でこの値が出ればこの病気とわかるような指標、つまり生物学的マーカーもほとんどない。先入見なく誰もが一定の診断に至ることを目指して作成されたのがこれらの診断基準で、仮説に留まるしかない原因に参照することを慎んだがために、表面的に症状をとらえて当てはまる数を数えるという形にならざるを得ない。そうすると誰もが当てはめて診断できるような表ができあがる。DSMも誰もが当てはめてよいとは書いておらず、経験ある精神科医が用いるべしとしているのだが、安直に当てはめられるようにできているのも事実である。
たとえれば、誰かが泣いているのは、微妙な泣き方をする人は例外として、かなり明らかだ。診断基準の一項目にしたら間違いなく誰もが「泣いている」と判断可能だろう。だが、悲しくて泣いているのか、悔しくて泣いているのか、嬉しくて泣いているのか、本人にも何だかわからないまま泣いているのか、外から観察していても推測以上のことはできず、誰もが同じ診立てをするとは限らない領域に入る。診断するということは「泣いている」という現象を拾いつつ、その背景にありえる不確実な患者の内面を、精神の生理学を、異常心理学を、あるいはその実存を推し量って、有機的な全体像をとらえるところまで行かねばならない。ところが診断基準の表はそんなことにまでは言及せず、ただ当てはめてくれとばかりにそこにあるのである。
キャラクターの診断演習はただ当てはめるだけではすまないという診断の機微に触れる機会になるだろう。
感染第2波が収まりつつあった夏休み明けからは、対面授業と病棟に入っての臨床実習が再開された。しかしキャラクター診断演習のレポートは継続した。4年生の必修の実習のほか、4月からの新6年生と翌年1月からの5年生の選択制の実習の学生にも同じ課題を課し、選択制の学生には1人2編を書いてもらうので、150編超のレポートを得る算段である。
せっかく苦労して書いてくれるのだから、できれば全員のレポートを本にまとめたかったが、さすがにそれでは分厚くなりすぎる。また同じキャラクターの診断を複数の学生が提出してくることは容易に想像がついたし、取捨選択せざるを得ないことは明らかだった。幸いこの、“ コロナ禍でもただでは起きない” 企画を金原出版で引き受けてもらえることになったが、書籍として上梓する以上、学生のレポート部分も読みやすく推敲あるいは改変する必要があり、書いてくれた学生の署名を入れることも断念した。レポートを提出して本書制作に協力してくれた学生諸氏のご芳名は別に一覧で掲載させていただく。
教科書のように診断毎にまとめたほうが読みやすいのはわかっていたが、学生が取り上げるキャラクターにさまざまな診断がまんべんなく網羅されてくるだろうとは到底思えなかった。案の定、学生の診断は発達障害やパーソナリティ障害が多かったが、それはそう診断できそうなキャラクターが巷にあふれているということでもあろう。
そこで、われわれが妥当だと思う診断ではなく、学生が診断してきた病名毎にまとめてみることにした。たとえば、本書の「統合失調症」のChapterでは、学生がそう診断してきたというだけで、ほぼすべて統合失調症診断を否定する議論となっている。ある意味、裏側からの診断であって、統合失調症ではないというキャラを検討することで、統合失調症の何たるかを炙り出すことにならないかという期待がある。
そうして病名でまとめたものの、教科書のように網羅的にはなっていない。神経発達障害群からは、「注意欠如・多動症」と「自閉スペクトラム症」を独立のChapterにした。「神経症」はDSM-5には採用されていない病名だが、従来の広義の神経症に該当するであろういくつかの診断名を「神経症とその周辺」としてまとめた。心的外傷後ストレス障害と解離性同一症は多かったので1 Chapterにまとめて独立させた。認知症は「大好きなあなたのことを忘れてしまう」類の映画やドラマがいくつもあったと思うが、ひとつのChapterを組むだけのレポート数がなく、ちょっと残念である。した。4年生の必修の実習のほか、4月からの新6年生と翌年1月からの5年生の選択制の実習の学生にも同じ課題を課し、選択制の学生には1人2編を書いてもらうので、150編超のレポートを得る算段である。
せっかく苦労して書いてくれるのだから、できれば全員のレポートを本にまとめたかったが、さすがにそれでは分厚くなりすぎる。また同じキャラクターの診断を複数の学生が提出してくることは容易に想像がついたし、取捨選択せざるを得ないことは明らかだった。幸いこの、“ コロナ禍でもただでは起きない” 企画を金原出版で引き受けてもらえることになったが、書籍として上梓する以上、学生のレポート部分も読みやすく推敲あるいは改変する必要があり、書いてくれた学生の署名を入れることも断念した。レポートを提出して本書制作に協力してくれた学生諸氏のご芳名は別に一覧で掲載させていただく。
教科書のように診断毎にまとめたほうが読みやすいのはわかっていたが、学生が取り上げるキャラクターにさまざまな診断がまんべんなく網羅されてくるだろうとは到底思えなかった。案の定、学生の診断は発達障害やパーソナリティ障害が多かったが、それはそう診断できそうなキャラクターが巷にあふれているということでもあろう。
そこで、われわれが妥当だと思う診断ではなく、学生が診断してきた病名毎にまとめてみることにした。たとえば、本書の「統合失調症」のChapterでは、学生がそう診断してきたというだけで、ほぼすべて統合失調症診断を否定する議論となっている。ある意味、裏側からの診断であって、統合失調症ではないというキャラを検討することで、統合失調症の何たるかを炙り出すことにならないかという期待がある。
そうして病名でまとめたものの、教科書のように網羅的にはなっていない。神経発達障害群からは、「注意欠如・多動症」と「自閉スペクトラム症」を独立のChapterにした。「神経症」はDSM-5には採用されていない病名だが、従来の広義の神経症に該当するであろういくつかの診断名を「神経症とその周辺」としてまとめた。心的外傷後ストレス障害と解離性同一症は多かったので1 Chapterにまとめて独立させた。認知症は「大好きなあなたのことを忘れてしまう」類の映画やドラマがいくつもあったと思うが、ひとつのChapterを組むだけのレポート数がなく、ちょっと残念である。び太(『ドラえもん』)、夜神 月(『DEATH NOTE』)、我妻善逸(『鬼滅の刃』)である。
のび太くんは長年日本人に親しまれてきたキャラクターなので当然だが、少なくともマンガ連載はもうずいぶん前の『DEATH NOTE』の躍進は、登場人物のキャラが立っていたからであろうか。『鬼滅の刃』はこの時期に大ヒットしていたので 作品単位でいえば一番レポートが多かったのも意外ではない。もっとも誰も主人公の竈門炭治郎は取り上げてくれなかった。さまざまに性格の偏った主人公の多い昨今、人格的にバランスのいい一昔前の主人公の系譜で、診断しにくかったのだと思う。
本書は医学生や研修医にはもちろん、精神科に関心を持つ一般の方々、歴史や物語を別の視点から楽しんでみたい方にも読んでいただければと思う。願わくば、ご一読のうえこれは良書とご診断を賜りたい。つまり、「面白かったよ」とよい評価を、いやさ、褒めてちょうだい、おたくの学生さんはなかなかのものだと。
自治医科大学精神医学講座
小林聡幸
目次
Chapter 1 キャラクターと作品世界とそれを診断する視座
キャラクターは作品世界に立つ
リムル=テンペスト(転生したらスライムだった件)
どんなにぶっ飛んだ内容でも信じることから診察は始まる
サラ・コナー(ターミネーター2)
その想像力の欠如はどこにあるのか
里見健一(サトラレ)
Chapter 2 注意欠如・多動症
診断基準みながらの症状さがしは誤診のもと
メロス(走れメロス)
毎回0 点というのは不注意優勢型ADHDだけでは説明できない
野比のび太(ドラえもん)
衝動性が高く類まれなる音痴という設定は何を意味するか
剛田 武(ジャイアン)(ドラえもん)
ADHDのイメージアップへの貢献は計り知れない
モンキー・D・ルフィ(ONE PIECE)
クセが強いということは診断に該当するか
平沢 唯(けいおん!)
Chapter 3 自閉スペクトラム症
症状の出現と推移をみきわめる
大正天皇
二重に特別なギフテッド
L(エル・ローライト)(DEATH NOTE)
ASDを取り巻く優しい世界
野口笑子(ちびまる子ちゃん)
浮きこぼれの5 軍男子
津崎平匡(逃げるは恥だが役に立つ)
鬼化することで何が生じるか
童磨(鬼滅の刃)
Chapter 4 パーソナリティ障害
サイコパスと正義のミカタ
夜神 月(DEATH NOTE)
慢性的空虚感の代償
りりこ/比留駒春子(ヘルタースケルター)
弱く傷つきやすい自己を尊大な自己で覆い隠す
惣流・アスカ・ラングレー(新世紀エヴァンゲリオン)
サイコキラーって何? サイコパスって何?
蓮実聖司(悪の教典)
操作的診断カテゴリーより精神分析的解釈
ジョン・ゲイシー
Chapter 5 心的外傷後ストレス障害・解離性同一症
診断基準で「こころ」は理解できるか
先生(こころ)
PTSDじゃ戦えない
杉元佐一(ゴールデンカムイ)
パニックかPTSDか
南波日々人(宇宙兄弟)
別人格の存在は明らかではない
クレイ・ジェンセン(13 の理由)
そもそも主体がないんじゃ?
ロールパンナ(それいけ!アンパンマン)
Chapter 6 神経症とその周辺
状況と言動のつりあいから適応障害の範疇を診立てる
ジョバンニ(銀河鉄道の夜)
失立失歩の女王
クララ・ゼーゼマン(アルプスの少女ハイジ)
「心を閉ざす」の医学的説明は?
栗花落カナヲ(鬼滅の刃)
何となく強迫のにおいはするけれど
ニコ・ロビン(ONE PIECE)
緘黙か失声か
成瀬 順(心が叫びたがってるんだ。)
Chapter 7 うつ病・双極性障害
耳を切るような病気とは何だろうか
フィンセント・ファン・ゴッホ
医療の限界状況で診断は可能か
播磨薫子(人魚の眠る家)
政治家に抑うつリアリズムを
ウィンストン・チャーチル
男らしさと老いること
アーネスト・ヘミングウェイ
戦国武将と神と宇宙と
織田信長
Chapter 8 統合失調症
神の啓示は幻聴か、それとも
ジャンヌ・ダルク
ドラマで統合失調症とされてるからって
近藤直弼(半沢直樹)
病的体験の裏に抑圧された性的欲動を読む
ニナ・セイヤーズ(ブラック・スワン)
作品に現れる無意識
エドヴァルド・ムンク
『虎になること』が意味するもの
李徴(山月記)
・あとがき
・協力してくれた学生諸氏
・INDEX
ティーブレーク
人の褌で相撲を取る
ニューロダイバーシティ
ADHDと創造性
キャラクターを診断することは時に逆転移のコントロールに有用である
ASDと絶対音感
鑑別診断と大喜利
愛は地球を救う、自己愛はわたしを救う
反転する反社会性
漱石の神経衰弱
パーソナリティは変幻不変
認知症と記憶
地に足ついた飛翔
心理的なものと決めつけること
キャラ診断は可能か
ハレンチ学園の倫理
我妻善逸、彼は眠っているのか
今日は言葉のサラダ記念日
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書籍情報
- ISBN:9784307150743
- ページ数:208頁
- 書籍発行日:2022年9月
- 電子版発売日:2022年9月21日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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