序

糖尿病は非常に患者数も多く，またさまざまな合併症を併発することが多いため，糖尿病専門医だけでなく第一線で活躍する医師の方が，みている機会が圧倒的に多い疾患です．糖尿病を診断すること自体は，ガイドラインにそって行えばそれほど難しくはありませんが，多くの医師が血糖管理に困難さを感じています．そうした状況のなか，治療目標が達成されていないのに，治療が適切に強化されていない状態（臨床的な惰性：clinical inertia）が生じることになります．逆に，治療を減弱する必要があるにもかかわらず，それがなされていない状態（reverse clinical inertia）が生じている場合もあります．

本書は，第一線の臨床現場ですぐに役立つよう工夫された内容となっています．各項目のはじめには，項の内容の全体を理解するためのPointを列挙しました．薬剤に関するエビデンス，処方例や具体的な症例を提示し，患者へのアプローチ法は医師と患者の会話の失敗例・成功例も一部交えながら記載しています．総論的な内容や教科書的な内容は極力省いたかわりに，臨床的な経験則に基づいた処方のコツについても述べています．また，読者の理解を助けるために，フローチャートなど図表を豊富に入れたのも本書の特徴です．本書は６章より構成されています．「第１章　病態に合わせた処方の基本」では，専門医が病態や患者の価値観に合わせてどのように処方計画を行っているのかを垣間見ることができます．「第２章　糖尿病薬による副作用」では，よくある低血糖だけでなく，稀に起こる類天疱瘡やフルニエ壊疽などについて触れています．そして，糖尿病薬による副作用に配慮した生活習慣のアドバイスを行うことで，患者の満足度が上がることが期待されます．「第３章　特殊な病態の治療」では，ステロイドが投与されている場合や経腸栄養時の糖尿病薬の処方など，ガイドラインにのっていない項目もたくさんとりあげており，とても参考になります．「第４章　困ったときへの対応」では，糖質制限や運動嫌い，薬を飲み忘れる，など日常の診療で出くわす事態についての処方のヒントやアドバイスがのっています．「第５章　地域連携」では糖尿病連携手帳や調剤薬局の活用などについて，薬をいかに活用するかのヒントがあります．「第６章　先進医療の活用」では，最近使用頻度が著しく増えてきた持続グルコース測定（CGM）の活用などについて紹介しています．

本書を読んでいただければ，臨床現場で困っていることに対する解決のヒントが得られるのではないかと思います．ぜひ，一読していただければ幸いです．

2022年9月

京都医療センター 臨床研究センター 予防医学研究室 室長
坂根直樹