序文
本書は足のトラブル,足の疾患を診察するにあたって,足の専門でない先生も「迷ったときにさっと開き・すぐ見て・わかる」ポケット判プライマリケアマニュアルです.
「外来診療やフットケアをしていると足の疾患やトラブルについて相談されるけれど,専門外で答えられなくて困っている」といった医師だけではなく,「足に起こる疾患について勉強したいけれど下肢救済や外反母趾,下肢静脈瘤や糖尿病などいろんな本があって何を読んだらいいかわからない」「なにか1冊,足の診療で困ったときに読む本が欲しい」……といったむしろ日常的に足に関わることが少ない方々にも役立つように作られています.
足に関わる疾患は多岐にわたります.外反母趾や変形性関節症,足底腱膜炎など整形外科(足の外科)の疾患,下肢救済医療における末梢動脈疾患,糖尿病や関節リウマチなど全身疾患に伴う慢性創傷,下肢静脈瘤,リンパ浮腫,巻き爪,白癬など.足という器官に関わるプライマリケアだけでも,口腔内を扱う歯科や眼球や眼瞼周囲を扱う眼科のように,1つの科として独立していてもおかしくないぐらい多岐にわたった知識が必要です.
実際に米国ではPodiatric Medicine(足病医学)という学問があり,医学部と歯学部と並んで足病学部があります.足に関したプライマリケアや靴や歩行に関する知識を学んだ独立した医療系の資格としてDPM(Doctor of Podiatric Medicine),いわゆるPodiatris(t足病医)が歯科医と同等数存在します.
にもかかわらず,日本においては足のプライマリケアについて必ずしも十分な教育がなされておらず,現場の医師,看護師などの医療従事者も様々な患者さんのニーズに応えられていないのではないでしょうか.足を診るには複数科にまたがった横断的な知識が必要ですが,様々な科の先生がそれぞれの診療範囲の一部として足に関わっていることはあっても,足を網羅的,横断的に診療している施設は多くはないかもしれません.
そんななか,2016年「日本で初めての足の専門病院」として下北沢病院は生まれました.
① 体系立った足の診療に関する教育がない日本において,米国の足病医学の基本となるアライメントとバイオメカニクスに関する理論に基づいて診療する.
② 各科のバックグラウンドを持った救急専門医が初期対応を行う救急救命センターのように,それぞれの科の専門医たちが各科の足に関わるプライマリケアの知識を共有して外来を行う.
③ 小児に関する専門家が揃って集約的に小児医療を行うこども病院のように,足に関わる多職種の専門家が集まってチーム医療を行う.
単なる専門科の寄せ集めではない日本の足の専門病院として我々が考えたのは,そんな病院でした.
現在各科から,その科を回る研修医やコメディカル向けの実践書として様々な「ポケットマニュアル」が刊行されています.下北沢病院が現在の形で診療を開始して5年間,我々はお互いの科のわからないこと,知らないことを少しずつ補い合いながら成長してきました.その経験と知見を活かし,今はまだ日本にない「足病科」のポケットマニュアルを作ろう,米国の足病学の理論と日本の医療を融合させた足病に関するプライマリケアを標準化しよう,そんな思いで本書は企画されました.
そのため本書はあえて解剖から始まる通常の成書の構成ではなく,外来で「迷った時にさっと開き・すぐ見て・わかる」構成にしています.
Ⅰ章では初診時の診察で聞くべき問診や行うべき診察,検査などを紹介しました.
Ⅱ章では「主訴からみる鑑別診断」をまとめました.様々な患者の悩みに対して外来で「困った」時にポケットから取り出してすぐにみられるように,特に実践的に書かれています.
Ⅲ章では各論として足に関わる様々な疾患の紹介と診断と治療までまとめました.
Ⅳ章では最後に基礎知識としての足の解剖や歩行についてまとめています.
本書は足に関するプライマリケアを行う上で身に着けておくべきすべての科の知識をぎゅぎゅっと盛り込んだ,初めての「足病」ポケットマニュアルです.フットケア外来に関わる方だけではなく,むしろ足に関わることが少ない専門外の先生,看護師,理学療法士などの医療職の方々もぜひ手に取ってみてください.我々が蓄積した各科にまたがる足についての知識をポケットに潜ませて,足にお困りの患者さんに向かう時のアンチョコとしてぜひ役立てていただきたいと思っています.
本書が多くの医療職の方々に活用されることで,足のトラブルに悩む足病難民がひとりでも減り,100歳までみんなが健康に歩ける社会となることを著者一同強く願っています.
謝 辞
最後に本書の出版にあたりご協力いただいた著者の先生方,携わってくださった関係各位にこの場をお借りして御礼申し上げます.著者の先生方がお互いの原稿に目を通し議論し合うことで,各科の思い込みと常識を修正し,本書を本当の意味でプライマリケアの目線のマニュアルとして完成させることが出来ました.また根気強く編集会議を企画し,くじけそうになる我々を何度も励まし刊行にまで導いてくださった全日本病院出版会の鈴木氏,小林氏に心から感謝いたします.
2021年10月
下北沢病院院長
菊池 守