序
発達障害を専門としていなくても,地域で医療に貢献していただいている先生方のところには,さまざまな子どもたちが訪れます.発達障害を抱えている子もそうでない子も,抱えているかどうかわからない子どもたちも診療室を訪れることがあると思います.
健診や予防接種だけではなく,何か困ったときにいわゆるon demandで相談できる先生がいてくださることは,子どもたちにとっても保護者にとっても,とても心強いことだと感じています.
実際に地域で活動しておられる先生方とお話をする機会もしばしばありますが,私の主な診療領域である発達障害については,どう対応するのか,どこまで対応すればよいのか,どこに紹介すればよいのかなどの質問を受けることが多々あります.それについての私なりの答えを本書にまとめてみました.
発達障害という言葉にもみられる「障害」とは,何らかの症状があって,社会生活を送るうえでその症状のために困難が生じた場合に使われるのであり,ただ症状があるだけでは身体障害などとは異なり,障害と呼ぶことはできません.
社会生活上の困難は,それぞれの環境によっても主観によっても判定が異なることがありえますので,なかなか絶対的基準とはなりにくい面があります.たとえば落ち着きのなさや片づけが苦手などのいわゆるADHDの症状は私にもありますが,何とか日常生活を送っているとすれば,それは障害とは呼ばれません.同じように私には自閉症スペクトラム障害でしばしばみられる過集中もありますが,原稿を書いていても時間になれば会議に参加するなどはできますので,これも障害とはいえないかもしれません.そう考えれば発達障害のかけらは,大小は別としても誰もが抱えているものだと感じています.
このように,障害という診断が必要なのではなく,社会生活上の困りごとがあれば,それに対してどう対応するかがより重要であることが理解できると思います.かかりつけ医にとって,やってくる子どもたちはすべて「かけら」を抱えています.しかし,それによって困難を抱えている場合もあればそうでない場合もあります.困難を抱えていても,診断やそれに基づく対応がされているとは限りませんが,地域医療ではその子が抱えている「困難」に何らかの手を差し伸べることが多くなると思います.その手の差し伸べ方によって,子どもたちの抱える困難が軽減することもあれば,逆に増強してしまうこともあると思います.それを軽減するための手立てについても,2章を中心としてお話しさせていただきます.
たとえ診断を受けて専門医療機関に受診していたとしても,子どもたちは地域で暮らしていますから,感染症でも予防接種でも腹痛でも,かかりつけ医のところを訪れます.そのときにBPS(bio-psycho-social),すなわち「からだ」「こころ」「社会性(対人関係)」の観点から,「からだ」の主訴であったとしても「こころ」「社会性」を見通すことも必要になることがしばしばありますし,発達障害の抱える困難さの多くはそこに存在しています.
子どもたちは何かがあって,必要になったときにかかりつけ医のところを訪れます.自分は行きたくないけれども保護者に連れられていやいやながら受診する思春期の子どもたちも,もちろんいるかもしれません.
一目見ただけではわからない,しかし話していくうちにその子が抱える困難が見えてきたとき,必要なのはプライマリケアで何ができるかであり,疑ったから専門医療機関に紹介すればよいというものではないと思います.そして専門医療機関が少ないことに加えて,どこまで踏み込んで対応してくれるのかという問題も大きいと思います.
発達特性や悩みごとに気がついたときに,「様子を見ましょう」といってとりあえず先送りされた子どもたちに,これまでも出会ってきました.地域の先生方は普段の様子をご存知だからこそ,何かに困っているときのサインにも気づきやすいと思いますし,保護者も相談しやすいことが多いと思います.そのため「様子を見ましょう」ではなく,少しでも具体的なアドバイスをしていただくことができればと考えたことも,本書をまとめるきっかけになりました.自分自身でも試行錯誤を続けながら外来診療を行っている日々ですが,かかりつけ医の先生方のお役に少しでも立つことができればと願っています.そこで2章には「言っていただきたくないこと:Don’t say」と「代わりに言っていただきたいこと:Say instead」を入れました.
また,これまでにもこの領域について無料のYouTube動画での発信を行ってきました.動画はすでに100本を超え,さらに内容を充実すべく作業中で,本文の内容や説明を補完するものとして,本文中にQRコードを掲載しています.動画は基本的には医師向けではなく,一般向けに作成していますので,保護者の方などにQRコードを読み取っていただいてご覧いただくなどの利用も問題はありません.
本書は,参考図書については巻末に一括掲載するとともに,それぞれの項目のところに関連図書を番号で示しました.関連文献についてはなるべく新しい総説(review)などを中心として,各項目の最後にQRコードで示しました.ご活用いただければと思います.
本書を作成するにあたっては,70歳を過ぎていることもあって,自分の思い込みに陥りやすいことから,どちらも発達障害診療を専門にしていない女性小児科専門医X先生,男性小児科専門医Y先生に原稿のチェックをお願いいたしました.ご協力に心より感謝申し上げますとともに,編集を担当していただいた中山書店の益子弘美さんにも深謝いたします.
2022年10月
平岩幹男(Rabbit Developmental Research)