序文

慢性腎臓病（CKD）は末期腎不全（End stage kidney disease：ESKD）のリスクであるだけでなく，心血管系疾患の重要なリスク因子である。ESKD に対する腎代替療法には透析療法と腎移植がある。2020 年末の慢性透析患者数は347,671 人であり，わが国の総人口の約0.28％にすぎない。

しかしながら，慢性透析に要する医療費は国民総医療費の約4％を占めており，一般人口の約14倍の医療費を費やしていることとなる。このようにESKD は医学的にも医療経済的にも重大な負担を及ぼしている。腎移植は透析療法と比較して生命予後改善効果が高く，生活の質も向上する。また，透析療法と比較して医療費削減効果が高いことが報告されている。このように考えると腎移植は最も理想的な腎代替療法と考えられる。しかしながら，わが国では腎代替療法として，大部分の場合，透析療法が選択されている。腎移植の恩恵を可能な限り多くの腎不全患者に応用できるよう，さまざまな努力がなされた結果，従来は禁忌と考えられていたABO 血液型不適合腎移植，既存抗体陽性腎移植など腎移植の適応は拡大された。わが国における腎移植件数はコロナウイルスパンデミック前の2019 年には年間2,000 件を越えた。適応拡大した結果，腎移植は多様化したといえる。腎移植は泌尿器科，もしくは移植外科で実施されているが，日本臨床腎移植学会における腎移植専門医の割合は泌尿器科専門医が50％を越えている。腎移植における泌尿器科医の果たすべき役割は大きいと考える。泌尿器科医としても多様化した腎移植を理解しておく必要がある。

本特集号では「多様化した腎移植」のテーマで腎移植のエキスパートの先生に執筆をお願いした。はじめに内田（大阪公立大学）がわが国の腎移植の現状について紹介させていただいた。抗ドナー抗体陽性腎移植に関して，既存抗体の検出法，解釈，および脱感作療法について井手健太郎先生（広島大学）に解説いただいた。ABO 血液型不適合腎移植に関しては脱感作の現状と課題，免疫学的寛容のメカニズムについて田﨑正行先生（新潟大学）にご執筆いただいた。西沢慶太郎先生，渡井至彦先生（日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院）に先行的腎移植の現状，利点，問題点について概説いただき，普及のための「腎代替療法専門指導士」の役割をご紹介いただいた。小児腎移植についてはその特徴とトピックスを佐藤裕之先生（都立小児総合医療センター）にご執筆いただいた。岩見大基先生（自治医科大学）には高齢者への腎移植の成績向上のための施策をご紹介いただいた。移植腎廃絶後の透析再導入，再移植および多次移植の施設での成績を石田英樹先生（東京女子医科大学）にご執筆いただいた。腎移植と悪性腫瘍に関して今村亮一先生（大阪大学）に課題と現状について概説いただいた。また，コロナ禍での腎移植に関して日本移植学会COVID-19対策委員会委員の山永成美先生（熊本赤十字病院）にコロナ禍での取り組みをご紹介いただいた。ご執筆いただいた先生方には深謝申し上げるとともに本特集が腎移植医療の現状の把握につながれば幸甚である。

大阪公立大学大学院医学研究科泌尿器病態学
内田　潤次