序文
「白書」とは,もともと,英国政府が議会に提出する公式報告書のことであり,その表紙の色から通称「ホワイトペーパー(white paper)」とされていたことに倣って,日本でも政府が作成する公式報告書に,その名称が付されています。
例えば,「文部科学白書」「厚生労働白書」「通商白書」「国土交通白書」「国民生活白書」等,正式名称に白書と冠されているのは,13件(2022年7月時点)とされています。白書はわが国の各分野・領域の実態と現状の分析,その対策と展望を国民に周知させることを目的として,毎年度発刊されています。それぞれの分野・領域に関連する組織・団体・機関や公的図書館,報道機関等にとっては,必須の書とも位置付けられており,陰のベストセラーのひとつと言えるかもしれません。
さて,『転倒予防白書』は,転倒予防に関わる分野・領域の医療・保健・福祉・介護・教育・スポーツ・建築・工学・法律等,多岐にわたる専門職や機関を読者対象に,その実態と現状を提示しつつ,対策・展望を示し,それぞれの今後の職務や活動に資することを目的に,企画・構成されました。
第1版は,2016(平成28)年10月10日の「転倒予防の日」に発刊されました(監修:日本転倒予防学会,編集:武藤芳照,鈴木みずえ,原田 敦)。そして3年後の2019(令和元)年10月10日に,第2版が発刊されました(監修・編集同じ)。一般に,白書は毎年度提出されるものですが,本書は学会が企画・構成するものであり,年報的な性格に重きを置くよりも,ある程度期間を置いて,その間の新しい学術的知見や実践の取り組み,医療や介護等の進化,国や社会の動向等を反映した内容を組み入れたほうが目的にかなうと判断し,第2版から4年を経て第3版の発刊となりました。
この間,日本転倒予防学会の組織・運営形態にも変化がありました。2004(平成16)年発足の「転倒予防医学研究会」を前身として「日本転倒予防学会」が2014(平成26)年に設立され,各種の実績を積み重ねて,2022(令和4)年4月に一般社団法人化されました。
第3版『転倒予防白書』は,このような日本転倒予防学会の歴史的転換期に企画・構成と執筆作業が行われたのです。今回は,従来の主な執筆陣に加えて,新たに比較的若い執筆陣にも多く参画していただき,おかげさまで質的・量的にも極めて充実した書籍として仕上がりました。
2023年の新年早々に行われた最終の編集者会議(オンライン)では,各編集者が校閲作業を終えた感想を述べ合いましたが,「実に勉強になった」「新しい知見や資料,データが豊富」「転倒予防のバイブル(それぞれの分野・領域で最も権威のある書物)ですね!」などの発言が重なりました。
その意味では,現状を分析し,将来への展望を示すという本来の「白書」の目的・目標は達せられ,日本転倒予防学会として大いに自信と誇りを持って世に出すことができる会心の書となったと思います。
転倒は,性・年代を問わず起こる事象であり,「人は転ぶもの」(第7回日本転倒予防学会学術集会の市民公開講座/特別講演で,作家の五木寛之氏が述べた言葉,2020年10月)であり,直立二足歩行の人間の持つ宿命的な現象と捉えられます。そして,転倒は①内的要因,②外的要因,③行動要因の3つの各発生要因が,その人・その時・その場の状況により,複合して起こるものでしょう。
病院等の医療機関,介護・福祉施設,一般家屋,道路・交通施設,労働現場,商業施設等,転倒はいつでもどこでも誰にでも起こるのです。すなわち,転倒予防はがん対策,認知症予防や交通事故防止対策と同様に,本来は社会全体で取り組むべき喫緊の重要な社会的課題のひとつなのです。そうした視座を持って,日本転倒予防学会がその社会的使命のひとつとして真摯に取り組んだ証が,この『転倒予防白書2023』なのです。
本書が,転倒予防に関わる多くの人々に活用され,超高齢社会の道を歩み続けるわが国の道標となり,一人ひとりが健やかで実りある日々を送ることに役立てば幸いです。
最後に,本書作成の困難な実務作業を緻密にこなしていただき,迅速な制作に貢献していただいた日本医事新報社の磯辺栄吉郎氏に感謝申し上げます。
2023(令和5)年2月
武藤芳照 東京健康リハビリテーション総合研究所 所長/東京大学 名誉教授
鈴木みずえ 浜松医科大学臨床看護学講座 教授
萩野 浩 鳥取大学医学部保健学科 教授/附属病院リハビリテーション部 部長
大高洋平 藤田医科大学医学部リハビリテーション医学I講座 教授