発刊にあたって
日本小児神経学会は小児神経疾患の診療標準化を目指しており,2011年にガイドライン統括委員会を発足させました.本学会ではこれまでに「熱性けいれん診療ガイドライン2015」「小児急性脳症診療ガイドライン2016」および「小児けいれん重積治療ガイドライン2017」を発刊しました.このたび,「小児急性脳症診療ガイドライン2016」を改訂し,「小児急性脳症診療ガイドライン2023」を策定しました.本ガイドラインは,日本小児神経学会「小児急性脳症診療ガイドライン改訂ワーキンググループ(WG)」によって原案が作成され,本学会評価委員ならびに評議員による内部評価,関連学会と患者団体による外部評価,さらにMindsによるAGREE II評価を経て発刊に至りました.本ガイドライン策定に尽力されました本ガイドライン改訂WG委員ならびにご協力いただきました関連学会,患者団体の皆様,日本小児神経学会員の皆様には,心より感謝申し上げます.
わが国における急性脳症の患者数は1年当たり400~700人と推定され,致死率は5%,神経学的後遺症は35% にみられます.2016年版ガイドラインでは,小児急性脳症の定義や構成する症候群の診断基準等が示され,多くの臨床現場で参考にされてきました.急性脳症は症候群によって予後は大きく異なりますが,いずれも根本的治療法は確立されていません.治療介入により致死率と神経学的後遺症をいかに軽減するかが問われております.海外と比較しわが国で急性脳症が多いとはいえ,一施設が経験する症例数は限られており,ランダム化比較試験の検証は困難であり,小児急性脳症の治療についての質の高いエビデンスは極めて乏しいのが実情です.このような状況の中,本ガイドラインの改訂では,わが国の急性脳症の中で最も高頻度(約30%)で神経学的後遺症を高率(約60%)に認めるけいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)の体温管理療法に関してシステマティックレビューを実施し推奨文を作成しました.今後も急性脳症の早期診断法や治療開始基準の開発と予後を改善する治療方法の確立が急性脳症診療において望まれます.
本ガイドラインで示された治療選択は画一的なものではなく,推奨は参考にすぎません.実際の治療に当たる場合,病院機能や医療環境がそれぞれ異なりますので,治療方針の決定は,主治医の総合的判断に基づいて行われるべきであることはいうまでもありません.急性脳症の治療には,適応外使用として使われている薬剤が多数あります.本ガイドラインでも,適応外使用薬もその旨を明記したうえで紹介しています.これらの薬剤の使用には,施設ごとに倫理的配慮を含めてご検討いただきたいと思います.さらに重要な点として,本ガイドラインは医療の質の評価,医事紛争や医療訴訟などの判断基準を示すものではないため,医療裁判に本ガイドラインを用いることは認めていません.
本ガイドラインが,小児救急を担当する本学会員や小児科医,総合診療医他の皆様にとって,役立つものであることを願っています.本ガイドラインをご活用いただき,皆様からのフィードバックをいただくことにより,今後の改訂に役立てて参りたいと思います.
2022年11月
日本小児神経学会
理事長 加藤 光広
ガイドライン統括委員会担当理事 前垣 義弘
ガイドライン統括委員会前委員長 福田冬季子
ガイドライン統括委員会委員長 柏木 充
序文(2023)
日本小児神経学会では小児急性脳症診療ガイドライン改訂ワーキンググループが中心となり,「小児急性脳症診療ガイドライン2016」(脳症GL2016)の内容を更新するとともに,新たにCQを加えて「小児急性脳症診療ガイドライン2023」を刊行することとなりました.脳症GL2016は水口 雅先生(心身障害児総合医療療育センター・むらさき愛育園長,東京大学名誉教授)のリーダーシップのもと2016年に刊行され,従来あいまいであった「小児急性脳症」が「JCS 20以上の意識障害が急性に発症し24時間以上持続する」と定義されました.急性脳症は1つの疾患ではなく,急性壊死性脳症(ANE),けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD),可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS),難治頻回部分発作重積型急性脳炎(AERRPS)など複数の症候群で構成されます.各症候群に特徴的な臨床像・画像所見が脳症GL2016で詳細に記載され認知度が高まりました.実際に2021年に実施された小児急性脳症の施設アンケート(未発表データ)では,脳症GL2016を「とても」「ある程度」参考にしている施設は98%(126/128施設)に上っています.
一方で,急性脳症がわが国の小児に好発し海外からの情報が乏しいこと,急性かつ重篤な中枢神経疾患で二重盲検試験がむずかしいこともあり,エビデンスレベルの高い治療法が確立していません.特に最も高頻度(約40%)で神経予後不良(70% に後遺症)なAESDの治療は重要な臨床課題となっています.「体温管理療法(脳低温・平温療法)はAESD発症を予防するのか」,「ステロイドパルス療法はAESDの予後を改善するのか」は治療法の選択に重要な課題です.エビデンスレベルの高い論文は限定的であり,後方視的コホート研究が複数存在する「急性脳症を疑う患児に対して早期の体温管理療法(脳平温療法:目標体温36°C)は非実施例に比べてAESD発症リスク・後遺症リスクを低下させるか?」のみをCQとして設定し,Minds 2020に基づくシステマティックレビューを実施し推奨文を作成しました.第2章以降の急性脳症の総論・各論記載は教科書としても使用できるようMinds 2007に準拠した脳症GL2016を踏襲しました.脳症GL2016に新たな情報を追記し,項目ごとに推奨と解説を掲載しました.
本ガイドラインは2021年時点での,わが国における小児急性脳症研究の最大公約数的な到達点と思われます.小児急性脳症診療には未解決事項が残され,また定められた標準治療に例外が生じる場合があり得ますが,本ガイドラインが皆様の診療に少しでも役立ち,今後も一層充実して継続発刊できることを願って序文といたします.
2022年11月
日本小児神経学会
小児急性脳症診療ガイドライン改訂ワーキンググループ委員長 髙梨 潤一