発刊にあたって
日本小児神経学会では,小児神経疾患に対し一定の標準化された医療が提供できるように,エビデンスに基づいた診療ガイドラインを策定する目的で,2011年にガイドライン統括委員会(以下統括委員会)を発足させました.現在では,統括委員会のもと,各ガイドライン策定ワーキンググループ(WG),同・改訂WG,および2018年に発足したシステマティックレビュー小委員会とともに,ガイドラインの作成を行っています.
Minds診療ガイドライン作成の手法に則った本学会最初の診療ガイドラインとして,「熱性けいれん診療ガイドライン2015」が刊行されました.「熱性けいれん診療ガイドライン2015」は,その後策定した「小児急性脳症診療ガイドライン2016」,「小児けいれん重積治療ガイドライン2017」とともに,医療者のみでなく,患者さんやご家族の意思決定のサポートとして,広く活用されています.
治療の進歩や,治療介入に対するエビデンスの蓄積,倫理観の変化などにより,クリニカルクエスチョン(CQ)や,CQに対するエビデンス総体や推奨は必然的に変化しますので,診療ガイドラインは,アップデートされたエビデンスに基づき改訂されることが求められます.また,Mindsによる診療ガイドライン作成手法もまた,国際基準に沿って改訂され,現在では,システマティックレビューによるエビデンス総体の評価と,益と害のバランスを勘案した推奨の提示が必須となっていますので,診療ガイドラインは,アップデートされた作成手法に則り改訂される必要があります.
日本小児神経学会では,新規ガイドライン策定に加え,既刊のガイドライン改訂の準備を進めてきました.熱性けいれん診療ガイドライン策定WG,および同・改訂WGでは,名古屋大学 夏目 淳委員長のもと,「熱性けいれん診療ガイドライン2015の医療提供者の意思決定への影響について」発刊後調査が実施されました.その調査結果や,医療者やご家族から寄せられた意見を踏まえ,また,新たにシステマティックレビューも実施され,このたび「熱性けいれん(熱性発作)診療ガイドライン2023」を上梓する運びとなりました.
本学会では,広く活用していただけるよう,周知に尽力してまいります.診療にあたる医師や,診療を受ける方にとり,このガイドラインが有用なものであることを願っております.
なお,この診療ガイドラインは,決して画一的な治療法を示したものではなく,守らなければいけない規則でもありません.患者さんへの治療計画は,個々に総合的に判断して決定されることが原則であり,推奨はその参考にすぎません.
最後に,多くの時間と労力を費やし,改訂作業を遂行された,熱性けいれん診療ガイドライン改訂WGの夏目 淳委員長をはじめ,改訂WG委員の諸先生,システマティックレビュー小委員会,評価委員の先生方,外部評価をいただきました諸学会の先生方,パブリックコメントをいただきました先生方,刊行にあたり,きめ細かいご支援をいただきました「診断と治療社」の皆様に深謝申し上げます.
2022年11月
日本小児神経学会
理事長 加藤 光広
ガイドライン統括委員会担当理事 前垣 義弘
ガイドライン統括委員会前委員長 福田冬季子
ガイドライン統括委員会委員長 柏木 充
序文(2023)
熱性けいれんは小児期にみられる最も一般的な神経疾患の1つで,特に日本では欧米に比べて高い頻度でみられます.研修医から救急医,一般開業医まで多くの医師が熱性けいれんの患者の診療にかかわりますが,誰でもはじめて目の前でけいれん発作をみれば動揺をし,対処法や鑑別に悩むものです.また,再度の発作に対する家族の不安への対応,ジアゼパム予防投与の適応,予防接種など,一般診療医が日常診療で困り疑問を感ずることも多くあります.本ガイドラインを使用していただく対象は一般診療医,救急医などの必ずしも神経学を専門としない医師であり,クリニカルクエスチョン(CQ)もそうした観点で選定しました.
熱性けいれんの診療は近年大きな変貌を遂げています.たとえば30年前には初発の熱性けいれんの患者が受診すれば細菌性髄膜炎の鑑別のために髄液検査を行うことも多くありましたが,現在はワクチンの進歩に伴い細菌性髄膜炎の頻度が減り熱性けいれんの初期対応は変化しています.また発症時は熱性けいれんの重積状態と鑑別を要しますが,のちに急性脳症と診断される二相性けいれんと拡散低下を呈する急性脳症(AESD)も知られるようになりました.日本小児神経学会では,こうした医学の進歩,新たな研究成果を取り入れられるように,客観的,網羅的に論文の評価を行って2015年に「熱性けいれん診療ガイドライン2015」(ガイドライン2015)を発行しました.ガイドライン2015の策定委員会は当初,静岡県立こども病院の故 愛波秀男先生を委員長として発足する予定でしたが,私が委員長を引き継ぎ2012年に委員会を発足し策定を行いました.日本小児神経学会からは本ガイドラインに続いて「小児急性脳症診療ガイドライン2016」,「小児けいれん重積治療ガイドライン2017」が発行され,この3つのガイドラインが熱性けいれん,急性脳症,てんかん重積状態という関連する病態の診療指針を相補的に示しています.
一方で,ガイドライン2015の発行後には,皆さんから多くの意見をいただきました.たとえば熱性けいれんを起こして救急外来を受診し発作は治まっている際のジアゼパム坐剤の使用の是非,脳波検査の適応,発熱時ジアゼパム坐剤予防投与基準など様々な考え,意見があることがわかりました.
これらの診療方針決定には単なる科学的,医学的根拠のみならず,患者家族の心理的不安,社会状況も加味して判断することが必要です.ガイドラインも医学研究の結果に加えて様々な立場の人の価値観も考慮して作成,改訂がされていくべきものです.このたびの改訂版「熱性けいれん(熱性発作)診療ガイドライン2023」は全体の構成は大きく変更せずいわゆるマイナーチェンジになっています.
そのためガイドライン2015に対して寄せられた多くの意見のすべては反映できていないかも知れません.それでも,CQの内容の更新に加え,熱性けいれんの遺伝に関する項目の追加,保護者向けの発熱時ジアゼパム坐剤予防投与のパンフレットの例や海外の熱性けいれんのガイドラインの紹介を加えるなど,より使いやすいものを目指しての工夫を行いました.また,ガイドラインのタイトルに熱性発作という用語を加えています.これは熱性けいれんには強直間代を示さない非けいれん性の発作があり,英語のfebrile seizureにあたる熱性発作としたほうが非けいれん性発作を含む用語として適切と考えたためです.タイトルの変更が熱性けいれんの正しい理解にもつながればと考えています.
最近のガイドラインの策定では重要臨床課題,フォアグラウンドクエスチョンはシステマティックレビュー(SR)を行うことが求められます.しかし熱性けいれんの診療においては多くのCQについてエビデンスが不十分でSRを行うことが困難でした.このたびの改訂ではSRを施行できていないCQはバックグラウンドクエスチョンとして,推奨文は示さずに代わりに要約の記載になっていることにも留意下さい.そのなかで,熱性けいれんの再発予防のために解熱薬を使用すべきかについてはSRを行い推奨の決定を行いました.不慣れなSRの作業を進めていくなかで,Mindsの皆さんにはオンデマンドセミナーやガイドライン作成相談の開催などで多くの助言をいただきました.日本小児神経学会ではSR小委員会が組織されており,今後の本ガイドラインの改訂や他のガイドラインの作成のためにもSRチームの更なる充実が期待されます.
自分にとってガイドライン2015は初めてのガイドライン作成で,このたびの改訂作業も初めての経験でしたが,日本小児神経学会のガイドライン改訂WG,ガイドライン統括委員会,SR小委員会,外部評価やパブリックコメントをいただいた皆様,およびMindsの皆様の助言をいただき,改訂を進めることができました.ガイドライン2015および改訂版のガイドライン2023の作成に協力いただいた皆さんにこの場を借りてお礼を申し上げます.
2022年11月
日本小児神経学会
熱性けいれん診療ガイドライン改訂ワーキンググループ委員長
夏目 淳