編集の序
「現場で役立つラクラク成長曲線」の第1 版が上梓されてから10 年余が経ちました.成長曲線を,よりわかりやすく親しみやすく,かつ重要な変化に気づいていただけるようにと,思いを届けてまいりましたが,現場のニーズも徐々に変わってきているため,新版を企画いたしました.
乳幼児健診,学校,医療等,それぞれの現場で成長曲線が活用されていますが,時として,数字やグラフといったものになじみをもちにくいという声も聴かれます.このため,成長曲線が,何のためにあるのかというところからの解説を試みました.
身長や体重の計測というごくありふれた作業の結果は,たとえそれらが貴重なものであっても,忙しい現場の業務の中では,それらが語ってくれる重要なからだの情報をみすみす見逃してしまうということも起こりえます.このため,成長曲線から子どもの健康を確認し,病気や異常を見つけていくために,様々な症例をあげ,参考にしていただけるように工夫しました.
この10 年余の間に,特にこころの問題がより大きく取り上げられるようになってきました.2021 年3 月に策定された「成長過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律(成育基本法)」の基本的方針においても,バイオサイコソーシャルの観点(身体的・精神的・社会的な観点)からの切れ目ない支援のための方策が求められています.こころの問題の比重は,これからもますます大きくなっていくでしょう.このようなニーズに応えられるよう,こころのトラブルと成長曲線との関連に関する内容を,より充実させました.
成長曲線にまつわる大きな社会的動きがありました.2014 年4 月,「学校保健安全法施行規則」が一部改正され,文部科学省から「座高の検査を必須項目から削除したことに伴い,児童生徒等の発育を評価する上で,身長曲線・体重曲線等を積極的に活用することが重要となること」とした通知が出されました.学校現場で成長曲線がより重要なものとなってきているため,一章を新たに設けて,これに関する解説を充実させました.
本書を通じて,いろいろな成長曲線のパターンが皆様方にとってより身近なものとなり,成長曲線を描いていくことの意義を感じ取っていただけるようになると幸いです.
最後になりましたが,本書の刊行に至るまで,根気よく編集の労をお取りくださいました診断と治療社の吉村さん,坂上さん,土橋さんに,この場を借りて,心より感謝を申し上げます.
2023年6月
加藤則子
胎児期に始まる生命は母の子宮のなかで急速に,劇的に姿を変えて,出生に至ります.そして出生後は母親,父親,家族に見守られて,健康的なからだとなり,さまざまな能力を身につけて,社会へと羽ばたいていきます.その姿はとても美しく,気高いものであると私は日々,感じています.しかし,このようなプロセスは時に内的・外的な要因により乱れが生じることもあります.そのような乱れに出会わないことが最優先事項であり,次に重要なのは早期に乱れを発見することではないでしょうか.
ここで中心的な役割を果たすのは医師だけではありません.乳幼児期の健診では保健師や栄養士が,幼稚園や保育所では幼稚園教諭や保育士,学校では教諭,養護教諭や栄養教諭などのさまざまな専門職種が親・保護者とともに子どもを見守ります.見守る際には専門家としての知識や経験が重要ですが,これまでに蓄積された小児医療・小児保健の知見を基にして,さまざまな補助的な道具が開発されてきました.その中でも重要な一つが成長曲線です.
成長曲線は身長や体重を測定し,グラフに表されるものです.文字の発明は紀元前3200 年頃とされ,その後さまざまな科学が発展して現代に至りました.このような経緯を考えると,成長曲線も昔から存在していたのではないかと思われるかもしれません.しかし,実際に現在使用されているような成長曲線が誕生したのは19 世紀後半です.事象の変化をグラフに表し,集団の分布をパーセンタイルや標準偏差で示すという科学の基盤の上で,ついに,そしてようやく成長曲線が生まれたのです.
しかし,ひとりひとりの子どもの成長を見守るために成長曲線が使われるようになるまでにはまだまだ時間がかかりました.日本の母子健康手帳の歴史を辿ると,昭和17 年に妊産婦手帳として始まり,昭和23 年の改正で発育平均値のグラフが掲載されました.さらに,昭和51 年の改正により身体発育パーセンタイルがようやく導入されたのです.これが日本の歴史です.
さらに現在,社会はデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展により,さまざまな分野のあり方が変わりつつあります.成長曲線に関連することについても例外ではありません.今後,小児保健分野もDX 化し,成長曲線は今まで以上に私たちの生活に身近な存在となっていくことでしょう.成長曲線はまさに成長の途上にあるのです.
本書ではこの成長曲線について,ひとりひとりの子どもをどのような観点から見守るべきかを7 人の専門家がまとめています.ひとりひとりの親や保護者に,そして子ども自身に対して,成長曲線を正しく活用していただくために,小児保健の関係者の皆様には成長曲線について学んでいただきたいと思います.そして本書がそのお役に立てることを願って,筆を置かせていただきます.
2023年7月
伊藤善也