監修にあたって
がん治療は驚くべき速度で変化し,開発中の治療が治療現場において加速度的に実現される時代を迎えている。そのような時代背景と治療方法の変遷に伴い,治療により出現する有害事象もまた大きく変化している。
腫瘍緊急(oncologic emergency;OE)の領域は救急専門医のみならず,各科専門医がかかわる一般救急医療において重要な位置づけにある。しかし,主治医として診療に携わっているのは腫瘍に関連する各診療科の専門医であり,症状によっては消化器外科,脳神経外科,呼吸器外科,腫瘍内科,一般内科などの専門医による緊急的な処置や手術が必要となる。また,悪性疾患(がん)に罹患する年齢を考慮すると高齢者医療としても重要である。高齢者を中心に在宅でがん治療を行うケースも多くみられ,在宅診療において出現する症状のなかではその緊急対応がきわめて重要である。在宅診療でのがん診療は近年増加しており,緩和ケアや終末期ケアにかかわる内容がとくに多くなっている。ここでは緩和ケア医や訪問診療医がかかわり,その緊急状態に対応する処置には,そこで本人や家族の希望を取り入れながら,社会的な状況も考慮した適切な治療方針の選択が求められる。
このように,腫瘍緊急においては,通常の医療とは少し状況を異にする特別な対応なども配慮されるべきと考えられる。そこで本書では,多くの異なる領域の先生方に腫瘍学(oncology)に特化した救急医療の現実をご執筆いただいた。消化管,肝・胆・膵,呼吸器,脳神経それぞれの専門の外科医,また薬物療法や血液腫瘍,がん免疫療法,泌尿器科の専門医からは専門的な詳説をしていただき,さらに救急医,緩和ケアや在宅治療を専門とする医師,緊急処置として手術にかかわる麻酔科の専門医にもそれぞれの立場でご執筆いただいた。異なる立場で腫瘍緊急の現状と特殊性を解説していただくことにより,それぞれの立場の考え方や適切な対応を知ることができ,さらには患者の家族的・社会的な背景を考慮した治療方針の決定ができると考える。
本書をとおして,腫瘍緊急にかかわるすべての領域の先生方に,通常の個々の診療では気づかない部分の診療にふれていただけるであろう。本書が,がん診療や救急医療にかかわるすべての医療関係者に少しでも役に立つことを心から願っている。
2023年9月吉日
福島県立医科大学医学部地域包括的癌診療研究講座 教授
同消化管外科学講座 教授
会津中央病院がん治療センター 所長
柴田 昌彦
編集にあたって
「なんてこった。ついに,腫瘍緊急の成書を読んだぞ。」
編集を行う人間の特典はその本の最初の読者になり得ることです。この本のすべての原稿が出そろい,活字となって提出された最終原稿を手渡されたあと,私は夢中で全文を読みました。気づいたら4時間がたっていて,私の心に残ったのが文頭の言葉です。
私事で恐縮ですが,以前より腫瘍緊急(oncologic emergency;OE)に興味をもち,発表をし,小文を書かせていただくこともありました。なぜ私にそのようなチャンスがあったかというと,本邦には腫瘍緊急の専門書がなかったからにほかなりません。しかし,ここに完成したのです。私の編集の最後の仕事は,読者としてのこの感動を,これから読者となる皆様にお伝えすることだと考えます。
まず,本書には専門に特化して分野ごと(消化器,呼吸器,脳神経,血液,泌尿器)の腫瘍学に人生をかけてきた医師・研究者の「臨床に基づく知見と科学的洞察」「読者に対するメッセージ」があふれています。それらは,読者に新しい発見と明日の臨床へと向かう勇気を与えてくれるでしょう。それだけでも素晴らしいのですが,本書はそれだけでは終わりません。
分野を横断した医療者の視点(薬理,腫瘍免疫,緩和医療,救急医療,在宅医療,麻酔)が,テキストの半分を占めていることがこの本の特徴です。これにより,分野別で短冊状に切り離されて示されることの多かった腫瘍緊急が,初めてその全体像を読者の前に表すことに成功していると思います。その結果,「なぜ,今,私たちは腫瘍緊急を知らなくてはいけないのか」「腫瘍緊急が社会に及ぼしている意味」「日常診療に潜む腫瘍緊急のサイン」というようなことに関しても,読者は自然と考えが及ぶことでしょう。
この企画を生み出し,素晴らしい執筆者を集めた柴田昌彦先生に最大限の敬意を表さずにはいられません。また,本書は膨大な原稿を整理し,同じ内容や図表が繰り返し出てこないように一冊の本として統一されています。これは,へるす出版編集部の皆さんの本書に対する理解とprofessionalismの賜物です。本当に素晴らしい。
最後に,この本の制作にかかわらせていただいたことを誇りに感じるとともに,深く感謝いたします。
2023年9月吉日
医療法人社団青燈会小豆畑病院 理事長・病院長
日本大学医学部救急医学系救急集中治療医学分野 臨床教授
小豆畑丈夫