巻頭言
国立がん研究センターが発表する2018 年がん統計予測によると,胃癌は,罹患数で第2 位(128,700 人),死亡数で第3 位(45,900 人)を占めており,依然,本邦におけるがん対策において,最重要がん種の一つである.しかし,若年者,壮年者におけるHelicobacter pylori 感染率の急激な低下に伴い,すでに胃癌罹患数,死亡数は減少に転じている.65 歳以上の高齢者,85 歳以上の超高齢者の罹患者割合(2014 年)が,それぞれ79%,13%,死亡者割合(2017 年)に至っては,それぞれ88%,29%であることが示すように,胃癌対策においては,高齢者胃癌にいかに対峙し,生活の質をも意識した,さらなる死亡数減少を目指していくかが大きな課題と考えられる
胃癌の確定診断には内視鏡検査が必要不可欠であり,早期発見には,無症状の段階でスクリーニング内視鏡検査へ一般住民を導くことが重要である.胃癌の対策型検診においては,国の指針として,近年,内視鏡検査がX 線検査に代わって施行可能となり,現状では50 歳以上の隔年検診が推奨されている.大きな転換であり評価できるものの,診療として内視鏡検査へのアクセスがきわめて容易な本邦において,胃癌リスクを考慮しない全員横並び的な検診が果たして医療経済的にみて適切な検診法かはさらなる議論が必要である.検診と診療の概念がまったく異なることは承知のうえで乱暴な言い方をすれば,内視鏡医のマンパワー不足を解消し,社会保障費の増大に歯止めをかける意味でも,一つひとつの内視鏡検査の質の担保を前提に,医療等I D(マイナンバー制度を活用した番号制度)の導入による検診と診療の相互乗り入れを真剣に考える時期が到来しているように感じる.一方,若年者,壮年者胃癌については,罹患者割合こそ小さいものの,働き盛り世代を失うことによる社会的喪失は大きく,この世代にこそ,より効率的なリスク層別化を実現し,ハイリスク者対象の検診を導入する必要があろう.
胃癌の内視鏡診断に目を向けると,拡大,超拡大内視鏡を用いた狭帯域光観察をはじめとする新たな光デジタル観察法の開発は,質的・量的診断において長足の進歩をもたらした.しかし,歯がゆいのは,存在診断においては未だに白色光を凌駕する観察法の開発がなされていない点である.早期胃癌の内視鏡検査による偽陰性率は2 割程度に上るとの報告があり,がんの特性に着目した次世代の診断技術の開発が求められる.一方,現状の内視鏡診断技術下であっても,近い将来,医師による診断の補助や通常の医師では見落としてしまうであろう病変の検出などに,人工知能(artificial intelligence;AI)が応用され,偽陰性率の改善,質的・量的診断のさらなる精緻化は図られるものと思われる.
胃癌の治療に目を向けると,厚生労働省のNational Database(NDB)オープンデータにおいて,2016 年度には,内視鏡切除件数(53,031 件)が,外科手術件数(49,338 件)を上回ったこと,National Clinical Database(NCD)において,2013~2014 年の2 年間には,幽門側胃切除術の約6 割,胃全摘術の約2 割が腹腔鏡下で行われていたという事実が物語るように,早期発見,早期治療に伴い,より低侵襲,かつ,より臓器温存を目指した治療へ移行してきていることがわかる.臨床応用されるようになった,laparoscopy and endoscopy cooperative surgery(LECS)やセンチネルノードナビゲーション手術,ロボット支援手術,などの新規治療法が今後どのように展開していくのか興味深い.高齢者胃癌の増加を受けて,低侵襲,臓器温存を目指した治療が主流となり,外科医不足が叫ばれるなか,技術の標準化を図り,外科医寿命を延ばしうるロボット支援手術が広がっていくのは自然の流れのように感じる.分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場により,切除不能進行胃癌に対する薬物療法の進歩もみられ,術前・術後の薬物療法併用により,手術成績の向上もみられている.一方,胃癌に限らず,緩和医療,終末期医療がどうあるべきかについては,依然,十分な検討が進んでいない現状があり,超高齢社会を迎え,医師のみならず市民を巻き込んだ,さまざまな角度からの議論が今後求められよう.
2019 年,平成の時代が終焉を迎え,令和の時代が到来した.新時代の歩みとともに,胃癌が激減し,胃癌では死なない未来が現実のものとなることを願っている.
藤城 光弘