序説
消化管の内分泌細胞腫瘍(endocrine cell neoplasm)は,日本では従来からカルチノイド腫瘍(carcinoid tumor;CT)と内分泌細胞癌(endocrinecell carcinoma;ECC)に大別されてきたが,2010年に発表されたWHO分類では神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;NET)と神経内分泌細胞癌(neuroendocrine carcinoma;NEC)に大別し,前者を核分裂数とKi-67指数のみからNET G1(これのみカルチノイドと呼ぶ)とNETG2に亜分類している.
本邦では,カルチノイド腫瘍は原腸系臓器に広く分布するアミン・ペプタイド産生内分泌細胞の幼若細胞に起源する腫瘍,つまり内分泌細胞のみから構成され特異な組織像を示す上皮性腫瘍で,悪性度の低い一種の癌腫と位置づけられている.肉眼的に黄色調の粘膜下腫瘍として認識される.組織学的には比較的小型で均一な腫瘍細胞が小胞巣状,索状,リボン状,ロゼット状ないし管状に増殖し,間質は狭く毛細血管に富む特徴的な形態をとる.核分裂像はほとんどみられず,増殖能指数(Ki-67指数)も低値である.組織化学的,免疫組織化学的,および電顕的にはほとんどすべての腫瘍細胞が神経内分泌顆粒(物質)を有している.予後は比較的良好な場合が多い.
一方,内分泌細胞癌は通常,丹念に検索すると腺癌成分を一部にでも有する事が多いので,腺癌を発生母地とする,つまり腺癌幹細胞に由来する腫瘍と考えられている.したがって,肉眼的には通常の進行腺癌と同様の形態,すなわち潰瘍限局型,潰瘍浸潤型,隆起型などの形態を示すことが多い.組織学的にはカルチノイド腫瘍に比較し,大型で,核の大小不同や多形性が目立つ腫瘍細胞がシート状,大胞巣状に増殖している.核分裂像は多く,Ki-67指数も高い.組織化学的,免疫組織化学的,および電顕的には,多くの腫瘍細胞が内分泌顆粒(物質)をもっている.高率に脈管侵襲や転移をきたすため予後不良である.
カルチノイド腫瘍と内分泌細胞癌は,たしかに内分泌細胞腫瘍の性格を有するが,両者はその肉眼像から組織像,組織発生(発生母細胞),悪性度,そして予後に至るまで,すべてにおいて,まったく異なる腫瘍である.ゆえに本邦では,従来から消化管内分泌細胞腫瘍をまったく別種の腫瘍であるカルチノイド腫瘍と内分泌細胞癌に大別しているのである.
ところが2010年に発表されたWHO分類では,両者が一連のスペクトル上にあるがごとく,内分泌細胞腫瘍を核分裂像数とKi-67指数のみから,①神経内分泌腫瘍NET(neuroendocrine tumor)G1(carcinoid),②神経内分泌腫瘍NET G2,そして③神経内分泌細胞癌NEC(neuroendocrinecarcinoma)(NET G3)と分類し,①のみをカルチノイドと呼称している.
このように2010年のWHO分類では,①カルチノイド腫瘍と内分泌細胞癌の起源細胞(組織発生)を無視し,あたかも両者が一連のスペクトル上にあるがごとく分類されていること,②両腫瘍の組織発生,肉眼像,組織像,悪性度,予後などを無視した核分裂程度と増殖能指数のみからの分類であること,③NET G2も日本分類ではカルチノイド腫瘍に分類されるが,WHO分類ではカルチノイド腫瘍と呼ばないこと,④NECとMANEC(mixed adenoneuroendocrine carcinoma)との区別が明確でないこと,⑤WHO分類NET G1に相当するcarcinoid tumorでもリンパ節転移を認めることもあり,核分裂像とKi-67指数のみでのWHO分類では,カルチノイド腫瘍の悪性度や転移能を推測できないことなどの問題点が多く存在する.
以上の点を踏まえ筆者は当初から,消化管内分泌細胞腫瘍の分類に関しては2010年のWHO分類より,従来の日本の分類が正確で適切であると,つまり優位性を指摘しつづけてきたが,今もその考えはいささかも変わっていない.
本号では,「大腸内分泌細胞腫瘍─WHOの考え方と日本の考え方」を特集し,この分野の日本における第一人者に原稿を依頼したが,全員すばらしい読み応えのある論文を脱稿していただいた.そして,多くの病理医は日本分類の優位性を指摘しており,筆者も正直なところ安心した.本特集が明日からの診療に貢献できるものと確信している.とくに臨床医の方々へ自信を持って是非ご一読をお薦めする.
福岡大学筑紫病院病理部
岩下 明德