序説
今回は松本主之先生の発案により「腸管感染症」がテーマとなった.呼吸器感染症とともにきわめて頻度の高い疾患群である消化管の感染症は,主たる症状は下痢・血便・腹痛などでほぼ類似しているが,その感染部位により環境が異なることで病原体も異なり,多彩な病態を呈する.そこで本号では腸管感染症をいかに診断していくか,さらに時代的変遷により新たな治療法も登場しており,これら2点につき情報提供することを主眼としている.
消化管疾患の専門医として,腸管感染症の最新動向を常に把握しておくことは肝要であり,総論においてそのトレンドがわかりやすく解説されている.また,鑑別診断や確定診断のために必須とされる基礎知識もこの分野の専門家に解説していただいた.
精度の高い鑑別診断をしていくためには,検査のみで診断することや内視鏡のみで鑑別を行うことはできない.適切な問診に加えて理学的所見を正確に把握すれば,ほとんどの腸管感染症は鑑別できるが,これらに加え便・血液検査や内視鏡検査は確定診断の手段として有用である.さらには病原体別(細菌,ウイルス,原虫,真菌,寄生虫など)の組織像の特徴も把握しておきたい.
また,腸管感染症以外の急性炎症性疾患(虚血,血管炎,薬剤)との異同は治療方針決定に重要な役割を果たすことになる.腸炎としては,狭義の炎症性腸疾患においては潰瘍性大腸炎とクローン病が代表的だが,頻度からすると日常より多く遭遇する種々の感染性腸炎があり,これら両疾患との鑑別も念頭におく必要がある.
一般的に臨床症状からの鑑別のポイントとしては,まずは主症状である下痢であり,粘膜傷害があれば血便・下血を伴うことを念頭において鑑別していくわけである.すなわち下痢を主症状とする場合,それがまず急性のものであるか慢性のものであるかを判別する.急性とはだいたい2週間以内を言い,感染性腸炎の多くが含まれる.一方,慢性とは2 週間以上症状が続く場合で,感染性では腸結核・アメーバ赤痢などが含まれる.さらに出血を伴うか? 周囲に同症状の人がいるか? 何か薬は服用していないか? 過去の既往は? 海外渡航歴は? パートナーは? などの点から鑑別していくことが重要となる.
消化管領域に携わる医師として,機能性の疾患や腫瘍性の疾患とも鑑別し,大腸炎に関する正しい知識をもち,個々の大腸炎への適切な治療や対応を知り,時には専門医・専門施設への紹介のタイミングなどについて十分理解しておくことは必須の状況となってきている.炎症性の腸疾患の鑑別に関して多くの専門書が刊行されているが,専門書に書かれた原則やガイドラインに沿っても,大いに悩む症例も多い.本号は,これらの悩みを解決すべく,日常臨床に即したものとして,日常よく遭遇する腸管感染症について詳述されている.
各論においては7つの疾患群を取り上げた.急性細菌性腸管感染症としてまとめられた項目においては,待ったなしの急性期治療を要するものから,保存的治療でよいとされる疾患まで多岐にわたる.頻度は高く,少なくとも典型例における臨床所見と画像診断の把握は必須であろう.治療法のトピックとして挙げられる糞便移植療法が著効するClostridioides( Clostridium) diffi cile感染症,本邦では決して忘れてはならない結核菌感染症の最前線,小児領域におけるノロウイルスやロタウイルス感染症や,immuno-compromised hostに発症するサイトメガロウイルス感染症の最近の知見,寄生虫は赤痢アメーバを含む原虫感染症の特徴も文献データとともに解説されている.
以上,最新の知見も網羅されており,炎症性の腸疾患を診療している若い研修医や消化器系の臨床医を含むすべての方々にとって,本号が腸管感染症の適切な診断と治療,さらには研究を進めていくための一助となることを期待する.
緒方 晴彦
慶應義塾大学病院内視鏡センター