特集にあたって

重症患者の多くは，呼吸や循環の破綻により組織の酸素代謝が異常をきたし，その結果としてミトコンドリアの機能障害を引き起こします。ミトコンドリアは，食物から得られた栄養をエネルギーに変換する，いわば細胞のバッテリーのような働きをするオルガネラです。ミトコンドリアの機能が損なわれると，他の多くの細胞内オルガネラの機能にも悪影響を及ぼす可能性があります。例えば，敗血症性ショックにおけるミトコンドリア機能障害は，エネルギー産生の低下，酸化ストレスの増加，細胞死の誘導，細胞内カルシウム調節の障害などをもたらし，敗血症に伴う多臓器不全や予後不良に深く関与しています。そのため，重症患者の治療においては，従来の呼吸・循環管理に加え，微小循環やミトコンドリア機能の維持を重視した治療戦略が重要と考えられます。このような背景から，竹川良介先生には「敗血症性ショックにおけるミトコンドリア機能不全とその対策」についてご執筆いただきました。また，近年では，重症患者に対する栄養療法においてもミトコンドリア機能の維持を重視する研究が進められており，大綱毅彦先生には「重症患者におけるミトコンドリア機能維持を考慮した栄養管理法」について，小児領域からは瀧谷公隆先生に「小児科領域におけるミトコンドリア救済療法」をご執筆いただきました。心筋細胞や脳細胞など，多くの臓器組織ではエネルギー代謝がミトコンドリアの呼吸機能に依存しており，ミトコンドリアの品質管理はストレス耐性の維持にも不可欠です。とくに，絶えず動き続ける心筋細胞では，ミトコンドリアの融合・分裂バランスが重要であり，その制御が破綻すると心不全の原因となることが報告されています。このような知見に基づき，佐藤迪夫先生には「ミトコンドリア機能から考える重症心不全の治療戦略」というテーマでご執筆いただきました。さらに，心停止後脳障害においては，新鮮なミトコンドリアを注入することで，神経機能の回復や生存率の改善につながる可能性が示唆されています。実際に，心停止後の生存率が55％から91％に改善したとの報告もあり，林田敬先生には「心停止後脳障害におけるミトコンドリア移植」についてご執筆いただきました。このように，ミトコンドリアを考慮した治療戦略は，重症患者の管理において極めて重要な概念です。とくに，ミトコンドリア移植療法は，従来は回復が困難とされてきた重症患者に対する新たな治療法として，近い将来，集中治療の現場に導入される可能性があります。こうした背景から，今回の特集では「重症患者におけるミトコンドリアを考慮した治療戦略」というタイトルを企画いたしました。

エネルギー代謝とミトコンドリア機能は，重症患者の管理において極めて重要な要素ですが，私たちはまだその全容を十分に理解しているとはいえません。本特集が，小さな細胞内オルガネラであるミトコンドリアの重要性を再認識し，新たな視点と発想による治療戦略の一助となり，集中治療を受ける重症患者の救命につながることを心より願っております。ご多忙のなか，執筆にご協力いただいた先生方に，あらためて深く感謝申し上げます。

垣花　泰之