第3版の序
皆さまからの継続的な温かい支持のおかげさまで,初版から5年で3版まで版を重ねさせて頂くこととなりました.ありがとうございます.
緩和医療の世界に激震が走るほどのブレイクスルーは起きておりませんが,第2版からのこの2年半でも様々な薬剤が使用可能となりました.
メサドン,タペンタドールに続く,新たな強オピオイドとしてヒドロモルフォンがラインナップに加わりました.
また,オピオイド由来の便秘を,末梢性の(消化管の)μオピオイド受容体拮抗作用を介して緩和する本邦初の薬剤であるナルデメジンも使用可能となりました.
他国と比較した際に,相対的には手厚い医療保険制度があるとは言え,患者さんが窓口で支払う薬剤の金額はばかにはならないものです.
第3版においては,初版の正常進化型であり,キープコンセプトでもあった第2版よりも,新たな価値を投入しようと思い,コストの点にも着目することとしました.例えば,同じく苦痛が緩和される薬剤があったとしても,安ければそれに越したことはないでしょう.少なくとも,お金を払う側としては.
以前受け持った,大腸がんの皮膚転移のある寿司職人の患者さんがいて,最期まで働きたいという希望がありました.ある時,彼はできるだけオピオイド薬の値段を安くできないか,とおっしゃいました.高額療養費制度には引っかからないが薬剤費が十分に苦しいとのことでした.しかし公的扶助の世話になることは彼の考え方では許容できないものであり,生きがいとしての仕事も重要なものでした.そこで金銭的負担を可能な限り軽減したうえで,職人であり続けたかったのです.また,レスキューも1回あたりの値段が安ければ,同じ金銭的負担でも使う回数は増やせます.医薬品集をめくりながら調べ,最安の処方を出した時,彼はとても喜んでくれました.一つの痛みを緩和するために,どれくらいのお金をかけるのか,そういう視点があまりなかったことに私自身が教えられた思いでした.
本書は『間違いだらけの車選び』へのオマージュから名づけられた書籍です.
『間違いだらけの車選び』においては,決してメーカーにおもねることなく,また「個人の意見」になることを厭わず,自身の感性に照らして判断したものを伝える書籍であったと感じております.
おかげさまで第3版となった本書においても,同様に,建前論は極力排し,また申告すべき利益相反がないという立場から,症状緩和に適している薬剤を紹介していきたいと存じます.
最後に,第2版が完売となり,第3版執筆のお勧めを頂いた時,緩和医療の世界の大研究者でもなく,学会で頻繁に壇上にあがる存在でもない一介の臨床家である筆者の綴った拙著を皆さまが変わらぬご支持を下さっていることに深く感謝申し上げた次第です.
臨床経験のみは豊富と言え,直近5年でも新規入院患者診療数1984名,新規外来患者診療数705名で,医師一名で,入院患者も毎日回診しレポートを書いております.また,一般病院,大学病院のみならず,在宅療養支援診療所,ホスピスで常勤勤務歴があることも,多様な診療形態に則した緩和診療計画の立案に寄与しているものと考えます.
皆さまが明日からより緩和の薬剤を理解して使用する一助となれば,この上ない喜びです.
第3版,どうぞよろしくお願い申し上げます.
2018年1月
大津 秀一