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教養としての生命倫理

  • ISBN : 9784621300244
  • ページ数 : 226頁
  • 書籍発行日 : 2016年3月
  • 電子版発売日 : 2018年5月25日
  • 判 : A5判
  • 種別 : eBook版 → 詳細はこちら
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¥2,860 (税込)
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商品情報

テーマ主義で重要ポイントがよく理解できる!大事なトピックを読みやすくまとめたコラムも充実!

見開き2ページ・ワンテーマでの読みやすさが特徴。生命倫理の重要テーマを分かりやすく解説したテキスト。将来医療専門職を目指す学生だけでなく、現代社会を構成する全ての人にとって、生命倫理の可能性を考える書。

■ 序文

まえがき

21世紀は経済・政治・情報・環境をはじめ,さまざまな分野でグローバル化が徹底されるところから始まっている.このような社会と時代に対応して,どのような倫理が思考可能であろうか.そのような倫理は暴力のグローバル化に対抗しうるものでなければならない.しかし,この暴力の発現を促すものは貧困であったり,理由なき差別であったり,貪欲な権力欲・金銭欲であったりという人間のありふれた悪である.それが国境を越え,一瞬にして世界全体へと波及するところに,これまでの悪との決定的違いがある.ありふれた悪は戦慄すべき悪へと質的に転換するのである.この悪の波及の世界的構造を理解しなければならない.私たちはおそらくこの世界の構造の転換について行けていないのである.私たちはこの悪に根底から立ち向かうことができる確固とした倫理を,私たち一人ひとりの内面にこそ築き上げなければならないし,その倫理は悪のグローバル化を徹底して防ぐものでなければならない.そのような倫理の構築が可能であるかと問う以前に,それを是非とも可能にしなければならない強い要請が,根源的なところで現代の世界には働いている.私たちが生命倫理の可能性を見出すことができるとすれば,まさにこの点においてであると言わなければならない.

生命倫理がアメリカで1970年に成立するや,早くも1975年の世界医師会(WMA)東京大会のヘルシンキ宣言で,世界の医療倫理の原則として採用されることになったのには,それ相応の理由があったのである.すなわち,医療という権力のグローバル化に対抗する強力な倫理が求められていたからである.そのような倫理は単に「医の倫理」にとどまるわけにはいかなかった.医療という権力はさまざまな領域にまたがり,また重層する権力であるからこそ,その倫理は学際的でなければならなかったし,はじめからグローバルな視野から構築されなければならないものであった.このグローバル化した医療の権力と暴力に対抗する医療の倫理は,まさに現在の世界的暴力をはじめからその視野に入れて,それに真正面から立ち向かうものとして構築されていったと捉えることができる.

本書は,そのような意味で,生命倫理を単に医療内部の人間,すなわち医療者と患者・家族,医療研究者と医療関係企業のための倫理としてのみ捉えることはしていない.より広い視野から生命倫理を現代を代表する倫理として,あるいはもう少し強く言えば,唯一構築可能な現代の倫理として本書全体を構成している.「教養としての」という意味は,そのような広い意味で教養を概念して,多様な分野に相互浸透的に関わる知を前提としながら,現代の倫理を生命倫理としてグローバルな視点から問うことを目指すものである.

現代においては,あらゆる技術と知は高度な専門職の掌中にある.本来,専門職とはその責任の重さを自覚したものにだけ許されるはずのものである.しかし誰でもがそのような知と技術に接近可能となった時代にあっては,その知と技術のもつ射程と責任に無自覚のままに専門職に就くことが常態となってしまっている.アイヒマン裁判は象徴的にそのことを世界に示したものであるが,直近では福島原発事故において専門家の無責任さが劇的に露呈されたし,医療の領域では臨床試験でいくつかの大学が関わったディオバン事件がその典型である.専門職にある人が自らの知と技術に無責任であるとき,人々の生命は保障されない.法とガイドラインによって専門職の行為を外的に規制することは可能である.しかし,専門職の人たちが自らの行為を確固とした倫理によって,その内から規制することができない限り,現代の高度な知と技術によって引き起こされる悲劇を避けることは到底できないであろう.それほどまでに知と技術は高度に専門化され構造化されているということである.生命倫理は医療とバイオサイエンスの分野におけるそのような高度に専門化された知と技術に関わる人間の行為を問うものであるが,同時にグローバル化した世界の倫理を構成するものとして広く捉えられるべきものである.

本書は,将来医療専門職に就くであろう学生諸君だけでなく,現代社会を構成するすべての人にとって,高度に専門化された知と技術に対してどのように倫理的に対応すべきかを,現代の教養として身に着けるべきものとして呈示することを意図して編纂されている.生命倫理は,狭義には医療とバイオサイエンスに関する倫理であったとしても,その倫理が他のすべての領野に通底し,ひとつの巨大な世界的構造のもとに置かれているとすれば,あらゆる領野で現代の倫理を構成するものとして広義に理解されなければならない.

全体の構成は,序章「今,なぜ生命倫理なのか」における現代の応用倫理学・市民の倫理としての生命倫理学と医療倫理としての生命倫理の問題呈示から始まって,第1章,第2章では生命倫理の原則と理論,第3章から第6章まではさまざまな医療倫理に関する問題,第7章から第9章までは人間の生の始まりから終わりまでの具体的な生命倫理諸問題,最終章で先進医療の問題を扱って,現代社会における最も喫緊の課題にどのように倫理的立場から取り組むべきかを呈示することで成り立っている.

我が国は医師を中心とする医療の権力が他の諸国に比して強大である.この権力の下で市民としての権利が,いとも容易に侵害されている.それに対して強く異議申し立てを行うには,本書で呈示したさまざまな患者の権利についてよく理解しておく必要がある.そしてこの権利が保障されることによってこそ現代医療が真の意味で成立し,人間の善に貢献しうるものたりうるということを忘れてはならない.そうでなければ,薬害の歴史,ナチス医師団や旧日本軍の731部隊による反人道的人体実験が証示しているように,医療はまさに悪そのものを惹起する権力となり果ててしまうのである.この強大な権力を悪として発現させないためには,医療システムの内と外から強い倫理的使命感によって権力としての医療を制御することが出来なければならない.それを可能にするものこそまさに現代における教養であり,そのようなものとしての生命倫理の確立である.

本書の出版にあたり,丸善出版の小林秀一郎氏,加藤祐子氏に大変お世話になったことを深く感謝申し上げたい.


2016年1月25日

編者を代表して
松島 哲久

■ 目次

教養としての生命倫理

序章 今、なぜ生命倫理なのか

第1章 生命倫理の展望

第2章 生命倫理の原則と理論

第3章 医療者--患者関係と臨床倫理

第4章 患者の権利と生命倫理

第5章 臨床研究の倫理

第6章 薬害と医療事故

第7章 生殖医療と生命倫理

第8章 脳死・臓器移植と生命倫理

第9章 終末期医療と生命倫理

第10章 先進医療と生命倫理

巻末資料

■ 特記事項

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