第十二版の序

昭和44 年7 月に故・加藤伸勝先生によって，MINOR TEXTBOOK シリーズ「精神医学書」初版が金芳堂より上梓されてから，平成20 年1 月の第11版までの約40 年間に実に10 回の改訂が行われました．単著の教科書が，こ れほど長く続いているのは，まず先生の精神医学に対する熱い思いが盛り込まれていることと，定期的に新しい知見を改訂版に加筆されてきた真摯な姿勢が，学生・研修医・専門医等に受け入れられて来た証左になるものと考えます．かつて私たちが勉強したのは，第1 版第7 刷で，最近の版に比べると，およそ半分程度のページ数ですので，いかに精神医学がこの半世紀近くの間に学問的にも進化し，また脳科学として発展してきたかを物語るものでもあります．

初版まえがきには，「すでに名著も世に出されているなか，何を加え得ようか」との思いも当初おありだったようですが，「あるものは簡単にすぎ，あるものは詳細にすぎ，手頃な長さの教科書が意外に少ないのである」との思いから執筆を決心されたこと，松沢病院の諸先生方に校閲をお願いされたことなどが記されています．実際に本書に接し続けた者にとっては，持ち歩きが便利で手頃な長さの教科書とはいえ，その詳細な記述と先生の精神医学への思いが綴られていることに絶えず驚きを隠せませんでした．

この改訂は，加藤先生が昭和58 年3 月に京都府立医科大学を退職され，東京都立松沢病院長に就任されてから，また松沢病院を退職されてからも続きました．第11 版の序には，本書が長らく続く感謝の言葉と，体調の具合で加筆が十分できないことに対する思いが書かれています．また時節の私信にも，今後の改訂は教室でお願い出来ないかとの内容が2 回にわたって書かれていました．先生は，かねてから体調がすぐれないとのことでしたが，京都在住の旧知の者にもあまりご連絡はされず，平成22 年6 月，急なご逝去の報が京都に入りました．それから約1 年が経ち，出版社である金芳堂の前崎氏より「本書の改訂を教室で続けてくれると有り難い」旨を加藤先生からご連絡を頂いておりました，と正式な改訂依頼がありました．

そこで，加藤先生の門下である，谷　直介，井上和臣両先生に加わって頂き3 名の編著とし，それぞれの項目を専門としている同門の25 名の分担執筆といたしました．編集の方針として，基本は加藤先生の記載を踏襲しながら，比較的古い記述や詳細に過ぎる部分は適宜削除し，前版から5 年間の新しい知見を図表も増やしながら盛り込むことといたしました．単著である本書が，分担加筆によって先生の精神医学への考えや思いが十分には伝わらないことがあるとすると，それは編著者の責と考え，読者からのご意見，ご叱責をお願いしたいと思います．

明治27 年12 月に，島村俊一先生が東京帝国大学医科大学精神病学講座から，京都府立医科大学の前身である京都府医学校の初代教諭として赴任されて，今年が120 年となります．この節目の年に，長年にわたって松沢病院と京都府立医科大学に勤務された加藤先生の御著書を新しい形に改訂することを通じて，精神医療の歴史と時代の流れに思いを馳せる機会を得ることが出来ました．

本書が，学生・研修医・精神医学初学者，さらには心理・福祉といった精神医学の隣接領域の方々も含め，精神医学を志す多くの方々に引き継がれて愛読されますことを願っております．

平成25年5月

編著者を代表して
京都府立医科大学附属病院長　福居　顯二