「腎疾患の診療は専門医でないと無理!」と思っている先生は多くいらっしゃると思います。確かに腎炎の治療や透析医療は専門性が高いです。でも、日常臨床ではどうでしょうか。
慢性腎臓病の患者さんは年々増加して約1330万人、成人の8人に1人に相当します。専門医でなくとも、腎機能が低下している患者さんを診察する機会は多いのです。薬を処方したり、手術をしたり、様々な医療行為が腎臓に影響します。ですから、どの診療科の医師にも、腎臓のことを気にする機会が常にあるわけです。
腎臓専門外来をしていると、様々な診療科の先生から相談を受けます。
「蛋白尿が出ているので精査をお願いします」
「腎機能が少し低下しています。膝の手術をしても大丈夫でしょうか?」
「低Na血症が続いています。鑑別はどのようにしたら?」
「腎機能が徐々に悪化しています。原因は何でしょうか?」
内科だけでなく、外科、産婦人科、小児科、皮膚科、整形外科など、腎臓はどの分野の診療にも関わる重要な臓器と常々思っていましたので、もっと多くの診療科の先生方に腎臓のことを知って頂きたいとの思いで、本書を執筆させて頂きました。
医者になって20年以上が過ぎましたが、自分が研修医の頃と比べると腎疾患の診療内容は大きく変化しました。
まず、新規薬剤がたくさん登場しました。ジェネリックも出てきて名前を覚えるのもひと苦労です。RAS阻害薬を代表とする降圧薬、血糖降下薬、高尿酸血症治療薬、リン吸着薬、ESA製剤など明らかに種類が増えました。
また、「慢性腎臓病」「急性腎障害」「CKD-MBD」といった新しい疾患概念が登場しました。臨床データに基づいたエビデンスを参考にしてガイドラインも複数作成されており、自分が研修医の頃よりも腎疾患の診療レベルは間違いなく向上していると思います。
「高齢化」も忘れてはならないキーワードです。平成29年3月現在、75歳以上の後期高齢者の方は約1700万人です。腎臓も老化しますので、高齢者は潜在的な慢性腎臓病患者といっても過言ではありません。腎機能や相互作用の有無を考慮しつつ、薬剤の量の調節を慎重に行う必要があります。
このような日常臨床の進歩や変化を踏まえつつ、本書では下記のポイントを強調して説明しました。
「腎臓は非常に複雑かつ精密な、賢い臓器であること」
「一口に腎炎と言っても、多種多様であること」
「腎疾患は症状もなく、非常にゆっくり慢性的に進行すること」
「全身性疾患が腎臓に影響し、腎臓の不具合が全身に影響すること」
「腎機能低下症例では投与する薬剤に十分注意が必要であること」
検尿異常から、腎炎の診断・治療、腎不全、透析治療に至るまで、腎疾患の診療についてひととおり解説しました。誰もが理解しやすいように心がけたつもりですが、それでも多少難しい表現があるかも知れません。その点はご容赦ください。腎疾患診療の大まかなイメージが読者の方々に伝われば幸いです。
最後になりましたが、第1章の電子顕微鏡写真は坂井建雄先生から、第4章および5章の顕微鏡写真の多くは湯村和子先生のご著書『臨床のための腎病理』(日本医事新報社)からお借りしました。貴重な写真の転載を許可頂いたことに深謝いたします。
本書が医学生や研修医、各診療科の先生方にとって少しでも参考になれば嬉しい限りです。
前嶋明人