序にかえて~乳児健診に関わるみなさんへ
育児不安では、「わが子が元気に育っているのかわからない」という不安や、「どのように子どもと向き合っていけばよいのかわからない」といった不安を訴える母親も少なくありません。「赤ちゃんを抱っこするのは初めてです」という母親が、雑誌やウェブサイトなどから入ってくるさまざまな情報に振り回されてしまうと"子育てはつらいこと"と感じてしまうかもしれません。不安を抱えながら子育てをしていては、子育てを楽しむことなどできるわけがありません。母親が抱く不安・心配はある程度共通しています。児の月齢に応じて母親の不安も変わってきますので、あらかじめこれからの数カ月に感じることが多い不安とその対策について説明しておくとよいでしょう。きっと母親は「これがあのとき、○○さんが言っていたことだ......。では、教えてもらったようにやってみよう」と、不安のトンネルに入り込むことなく、迂回できることでしょう。不安や心配はできるだけ早く解消することが大切です。笑顔で子育てができれば、子どもの成長・発達にも良いでしょうし、結果として母親が、もう一人子どもが欲しいと思うかもしれません。
子育て中の母親の不安を解消できる立場にある医療関係者はたくさんいます。母親が出産した分娩施設のスタッフ、乳児健診を担当する小児科医、小児科で勤務している看護師さん、家庭を訪問する保健師さんや助産師さん、そして保健センターの方々です。みんなで母親の味方になって、子育てを支えていくことが"笑顔で楽しい子育て"につなげる力になります。この本を手に取ってくださった"みなさん"が母親の気持ちに共感して、悩みや不安を傾聴する。そして、解決策を提案することで、母親はわが子と前向きに向き合うことができるのです。もちろん、乳幼児をみていく上での基本は、乳児の成長と発達を評価し、介入すべきところがあれば適切に介入することにあります。ただ、それだけではなく、母親の生活環境や育児不安にも注意を払うことも大切です。上に子どもが2 ~ 3 人いる場合と初めての子どもの場合とでは、おのずとできることは違ってきますし、母親の心構えも変わってきます。初めてのお子さんの場合は、これからどんなことが起こるのかわからない不安があり、上にお子さんがいる母親では、上の子どもとの向き合い方、上の子どもからの感染対策などが重要となります。おのずと提案する情報も変わってきますし、言葉のかけ方も変わってくるでしょう。子どもを診察した結果、専門施設でのフォローが必要だと判断したときも、母親が理解し納得できるように伝えなければ、継続した支援を拒否されることもあります。
私は、乳児健診や訪問指導の役割の半分が児の成長・発達を含めた全身状態をチェックすることで、残りの半分は育児支援であると思っています。母親の置かれた育児環境・状況を理解し、その母親に適した言葉がけをして、最終的に母親をエンパワーすることが、乳児健診の役割の一つであるとも言えます。子育てにおける不安が軽くなり、母親が元気になって帰ってくれたときに初めて、「このお母さんとお子さんに関われてよかった!」と思えるでしょう。この喜びを知ってしまうと、乳児健診が苦痛でなくなり、そのうちに、子どもの笑顔から元気をもらい、母親がにこやかに診察室を出て行くことで癒やされるようになっていくのです。
これまで多くの政治家が唱えてきた少子化対策では、私たち医療関係者の役割が不明確でした。私たちは母親と子どもの目の前にいる"第一線の不安解消チーム"です。女性が輝く社会と少子化対策を両立するために、いまこそ私たちが団結して子育て中の母親を支えていきたい......、そう思ってこの改訂版に取り組みました。初版から数年がたち、予防接種スケジュールをはじめとして、いろんなことが変化しています。新しい情報を母親にわかりやすく伝えていけるように改訂しています。また、改訂版では、各月齢ごとに健診のポイントを示すとともに、「よく泣く」「おっぱいが足りないの?」などといったよくある質問を例にして、母親とのコミュニケーション例をマンガにして示しました。小児科医だけでなく、乳児訪問をしている保健師さん、助産師さん、外来担当の看護師さんも、この本を読んで子育て中のお母さんを笑顔にしていただけると幸いです。
"元気をもらう乳児健診"に一緒に取り組んでいきましょう!
2015年 3月
昭和大学江東豊洲病院小児内科教授 水野克已