小児集中治療の現状
小児専用のICU(pediatric ICU:PICU)が世界で初めてできたのは1955年とされる.今から60 年も前のことである.その後,PICUは,欧米や豪州といった地域を中心に発展してきた.しかし,日本を含むアジアでは,PICUは発展しているとはいいがたいものの,日本でのPICUの数とPICUベッドは,ゆっくりとではあるが着実に増えている.現時点では,日本全国で30弱の数のPICUがあり,それらのPICU が有するベッドは200床を超える.しかし,PICUが発展途上の日本では,小児の重症患者のすべてがPICU で管理されているわけではなく,一般のICU や救命救急センターでも,多くの重症小児患者が管理されている.このような現在の日本での小児集中治療のプラクティスを検証してみようというのが,本企画のねらいである.
集中治療領域で科学的根拠(エビデンス)を確立させるのは,なかなか困難である.「New England Journal of Medicine」や「Lancet」,「JAMA」といった雑誌(「有名どころ」,あるいはimpact factorが高い)に集中治療領域の論文が掲載されると,その研究の結果で我々の臨床が左右されることがある.しかし,これらの結果が,数年後に,別の論文により180度ひっくり返されることは,我々は,比較的頻繁に経験している.
集中治療で求められる知見は,単にA とB という薬の効果の比較ではない.集中治療では,人工呼吸であったり,体位管理であったり,体温管理であったり,人の手による治療がそこに介在することにより,施設ごとの臨床行為の差も考慮しつつ,その治療の可否を判断する必要が生じる.また,病態理解の進歩や医療技術の革新によっても,その時々の科学的根拠の解釈も異なる可能性がある.敗血症におけるステロイドの位置づけ,血糖コントロールの厳密さ,頭部外傷や蘇生後における低体温療法など,その解釈は,時代とともに変化しうる.
比較的患者数の多い成人の集中治療においても上記のような状況である.小児においては,絶対的患者数が少ないことにより,小児領域の科学的根拠の確立が成人以上に困難であることは自明である.また,小児における病態が成人と異なる可能性もある.小児集中治療という領域においては,成人で得られた科学的根拠を基本に治療を構築することが多いが,状況に応じて,成人と異なる小児特有の問題点を加味して判断することが要求される.
本特集では,日本全国の小児集中治療の領域で活躍されている専門家の方々に,「小児ICU-その常識は正しいか?-」というテーマのもとに,様々な観点から「常識(あるいは,多くの場合,常識と判断される治療法)」を検討していただいた.今回の「その常識は正しいか」でのそれぞれの項目の記載は,現時点での判断である.これに関しては,現時点でも,本特集での判断に異を唱える読者もいらっしゃるかもしれない.また,過去の経験から,今の常識が5年後や10年後に非常識になることもありうることを認識しながら,患者管理にあたる必要がある.
重要なことは,定まらない科学的根拠(エビデンス)のみに右往左往するよりも,小児患者の病態を理解し,それに対して,いま用いうる治療法の生理学的な根拠を判断することである.その判断が,時には,科学的根拠に合致することもあろうし,また,科学的根拠がそれを支持しないこともあるかもしれない.これが集中治療の醍醐味であり,また,この領域の医療の難しいところでもある.こういったことをご理解のうえ,本特集をご活用いただければ,企画者の幸いとするところである.
特集編集 中川 聡
国立成育医療研究センター 集中治療科