特集編集にあたって
敗血症(sepsis)とは,かつて「菌血症」と理解されていましたが,1990 年代初頭に全身性炎症反応症候群(SIRS:systemic inflammatory response syndrome)の概念が提唱された以降から病原微生物の血液中の有無ではなく,SIRS をともなう感染症と認識されるようになりました.しかし,全身性に及ぶ炎症の程度は病原体や宿主により異なり,複雑な病態を呈することもあり,現在は「全身症状を伴う感染症または,その疑い」と定義されるようになりました.
集中治療室などのクリティカルケアの場で治療・看護が必要な患者のなかには,敗血症(sepsis)を合併して,重症敗血症(severe sepsis)から敗血症性ショック(septicshock)へと進展する場合も少なくありません.感染症による炎症が全身に拡大した敗血症の状態から臓器灌流低下によって乳酸アシトーシス,乏尿,意識混濁なとがみとめられ,または低血圧,臓器障害を呈する状態になると重症敗血症(severe sepsis)といわれます.重症敗血症のなかで,十分な輸液負荷を行っても低血圧(収縮期血圧<90 mmHg または通常よりも>40 mmHg の低下)が持続する全身性の著しい急性循環障害を敗血症性ショックとよびます(循環作動薬が投与されている場合には,必ずしも低血圧てなくてもよい).敗血症性ショックは敗血症が重症化して血液の低灌流や血圧の低下などの全身性の急性循環障害を示す重症敗血症(severe sepsis)からさらに悪化し,高密度なクリティカルケアによる周到な全身管理に対しても反応が不良となった状態を示しています.その罹患頻度は,ハイリスク手術の増加,免疫機能の低下,多剤耐性菌などの影響も相まって,年々増加の一途をたどっていることが報告されています.それに対して敗血症に罹患する患者を減らすとともに,救命率を改善していこうとする国際的キャンペーンの開始が宣言されました.これが「Surviving Sepsis Campaign(敗血症救命キャンペーン)」です.このキャンペーンは,重症敗血症の死亡率を5 年間で25%低下させることを目的としてスタートしました.
この活動の代表的産物が2004 年に発表されたSSCG(Surviving Sepsis CampaignGuidelines)で,2008 年,2012 年には改訂版が発信されています.わが国では,2012 年に日本集中治療医学会により策定された日本人向けの『日本版敗血症診療ガイドライン』が提示されました(現在改訂中で,2016 年に日本集中治療医学会と日本救急医学会が共同で最新版のガイドラインを発刊予定).ちなみに,毎年9 月13 日は,世界敗血症デー(World Sepsis Day)です.Global Sepsis Alliance(GSA)が中心となり,2012 年よりこの日を世界敗血症デーに制定し,敗血症の罹患率の減少・死亡率の低下を目標に,全世界的な運動を展開しています.
敗血症に対する医療は,ガイドラインなどによってアウトカムは少しずつ改善しているようですが,罹患率の低下,救命率の飛躍的な向上,病態生理の十分な解明には,いまだ至っておらず,重症敗血症,敗血症性ショックの予後は,全身管理が進歩した現在においても,残念ながら良好とはいえません.そこで,今や敗血症患者を救命する鍵は,ICU チームの総力を注いだアプローチが不可欠であるといわれています.
本号では,敗血症,とくに重症敗血症・敗血症性ショックの患者を救うためのケア実践ガイドを発信したく,敗血症患者の救命に第一線で挑んでいる方々にご執筆をお願いしました.読者の皆様の"ちから"を育むための一助となれば幸いです.
道又 元裕
杏林大学医学部付属病院看護部 部長