まえがき
感染防止に努めることは医療従事者の最も大きな役割の1つであり、中でも看護師は古くから処置後の機材・器具の消毒、滅菌業務を担ってきました。感染防止は細菌やウイルス、感染症の存在が明らかとなった場合に他に拡散させないという考え方が中心でしたが、1996年にCDC(アメリカ疾病管理予防センター)が発行した『隔離予防策ガイドライン』により提唱された「スタンダード・プリコーション(標準予防策)」の考え方が急速に広まりました。スタンダード・プリコーションは感染症の有無に関わらず、血液、汗を除くすべての体液・分泌物・排泄物、粘膜、創傷のある皮膚は伝播しうる感染性微生物を含んでいる可能性があるという原則に基づいて行われる標準的な予防策で、すべての患者さんにすべての医療行為・ケア時に適用することをガイドラインとしています。現在の感染予防策はこのガイドラインに則っています。
スタンダード・プリコーションは、①手指衛生、②個人防護用具の使用、③呼吸器衛生、④環境整備、⑤リネンの取り扱い、⑥機器・器材、器具の取り扱いの他、医療従事者の手技なども含まれます。具体的な標準予防策を講じても、それを実施する医療従事者の手技が適切でなければ効果が得られないばかりか、感染の拡大を招く恐れさえあります。
国の方針においても、それまで医療安全対策加算に含まれていた感染防止対策加算が平成24年度の診療報酬改定により独立した加算項目に設定されました。世界的に見ても耐性菌の出現や未知の新たなウイルス・感染症の出現などがあり、日本においても病院感染事例が毎年発生するなど、感染対策は医療安全推進とともに医療機関の重要な取り組みとなっています。あらゆる感染経路を遮断し拡大を防ぐためには施設全体での取り組みが必要です。
診療報酬では感染制御チームが病院感染の状況を把握し、抗菌薬の適正使用や感染防止教育を担うことも求めています。中でもその活動の中心となるのは感染防止に関する専門的な教育や研修を受けた看護師であることからも分かるように、現場の感染防止は看護師の活動が鍵といえます。患者さんやご家族に最も近い存在である看護師が感染防止の役割を担うことは、施設全体の感染防止対策につながります。また、針刺しなどによる医療者の職業感染も問題となっています。医療に携わる者として自らの身を守るためにも正しい手技を学んでいただきたいと思います。
本書では、医療や看護の最前線の看護師たちが、感染防止の理論や考え方を学ぶことはもちろん、手指衛生や個人防護用具の使い方、滅菌物の取り扱い、また、カテーテル管理などの具体的な手技についてわかりやすく解説するとともに、現場で実践できるような構成となっています。
感染を防止し拡大を防ぐには、看護師の技術を高めていくことが必要です。看護師を目指す学生のみならず、すべての看護師に本書を活用していただけることを願っております。また、本書は医師などの医療従事者はもちろん、医療施設で働くすべての職員、出入りする作業員や業者の方にもご活用いただけるものです。施設全体で感染防止について学ぶ際のテキストとしてもご活用ください。
最後に、本書の作成にあたっては、当センター感染管理室の上田晃弘先生にご指導、ご協力いただきましたことに心から感謝申し上げます。さらに、インターメディカ社長 赤土正幸様はじめ制作チームのスタッフの方々に厚く御礼申し上げます。
2018年3月吉日
日本赤十字社医療センター 副院長兼看護部長
古川 祐子