N・SAS試験 日本のがん医療を変えた臨床試験の記録

  • ページ数 : 180頁
  • 書籍発行日 : 2013年2月
  • 電子版発売日 : 2013年6月29日
¥2,420(税込)
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商品情報

内容

抗がん剤の臨床試験をめぐる医師、製薬会社、国のドラマ

乳がん、大腸がん、胃がんの術後補助化学療法を科学にしたN・SAS試験は、こうして計画され、実施された。

日本のがん医療を変えた臨床試験の記録です。

序文

はじめに

本書のサブタイトルにあるように、この本は1995年から2001年までの間に日本国内で展開された〝N・SAS試験〞という抗がん剤の臨床試験の記録です。この試験は、乳がん、大腸がん、胃がん手術の後にUFTという抗がん剤を服用した場合としなかった場合とを厳密に比較することによってUFTを服用する意義を検証したものでした。厳密に言うと、乳がんでは、この本の主役であるUFTという抗がん剤とCMFという抗がん剤の組み合わせで、どちらが手術後の乳がん患者さんの再発を減らすことができるかが比較されました。大腸がんと胃がんでは、手術+UFTという治療を受けた患者群と手術だけの治療を受けた患者群とで、乳がんと同じく、再発の予防効果の優劣が検討されました。N・SAS試験とは、聞きなれない名前だと思います。「N・SAS」とは、後で説明することになりますがこれは、National SurgicalAdjuvant Studyの略称です。ますます分からなくなったという読者の方がいらっしゃるかもしれません。この中に出てくるSurgicalとは手術を、 Adjuvantとは術後補助療法を指します。ますます分からない? では、まずこの点について説明しましょう。手術だけの治療では再発の心配がある早期のがんが発見され、進行の度合い(ステージ)が確定されると、手術もしくは放射線による治療が行われることが普通です。最近は、その前治療として、抗がん剤の投与、医師らの言葉で言い換えると化学療法が実施されるケースも増えてきましたが、やはり手術は早期がん治療の基本的な治療ということができます。手術をして、首尾よく病巣を取り除くことができたとしても、ある確率で再発してくるのががんの手ごわいところです。手術後、何も起こらなければがんに生命を脅かされることなく一生を終えることが可能です。しかし、再発するとそれが難しくなります。最近では、再発しても治癒を目指す試みが乳がんや大腸がんの医療で行われていますが、実際のところ再発後の治療の目指すところは治癒ではなく、延命に置かれているということが現実です。「目に見える病巣はすべて取りました」。外科医にそう言われると、患者や家族は「やれやれがんの全てが切除できた」と思うことが多い。でも、外科医の言葉を反芻してみると分かることですが、医師は「目に見える病巣」と言ったのであって、逆に目に見えない病巣は取り除けたのかどうかは、判然としないということになります。課せられた責任の範囲で、できる限りのことをした。外科医はそう患者や家族に報告していることになりますが、「治りました。心配はありません」とは言いません。当然のことですが、手術によって「目に見えない」腫瘍は取り除けません。この事実は外科医が最もよく熟知しているところで、取り残す確率を少しでも減らすことを目的に、目に見える病巣の周辺を広く切除する拡大手術が追求されてきました。しかし、現在この方向は見直され、できる限り病巣部分を限定的に切除しようという考え方が、多くのがんの手術で採用されています。目に見えない腫瘍を取り除こうとすれば、根拠を無視した広汎な切除ということになります。手術で筋肉やリンパ節などの組織を取り除けば、当然、患者の身体能力は低下します。乳がんのような整容性の維持が求められるがんでは、特に顕著ですが、なるべく小さく、悪い部分だけを取り除きたい。そうした縮小した手術の可能性が追求されています。しかし、がんの周辺には見えないがん細胞が散っています。散っているのですが見えません。必然的に外科医による手術では取り残されることになります。また、がんが早期のうちに、体の各場所に散ってしまうケースもあります。こうした微小ながんが残っていると、それが再発の芽になる可能性があります。手術だけでこのようながんに太刀打ちすることはできません。そこで、化学療法、つまり抗がん剤を併用するという治療の意味が出てきます。日本人のがんといえば、胃がんが代表的なものでした。近年、肺がんや大腸がん、乳がんにその地位を譲りつつありますが、日本のがん診療は胃がんに対処することでその原型が形作られて来ました。胃がん治療の中心は手術です。消化器外科の仕事の中心は胃を切ることでした。この結果、がん医療の骨格はまず外科医が診断し、病巣を切除することでした。再発のリスクを減らすための術後補助化学療法も、根拠があいまいなまま、手術を終えた医師の手によって行われていました。以前は、有効な抗がん剤もごく限られたものであり、潜在的に有効な薬剤であってもその潜在能力を最大限に発揮する使用法については、現在ほど注意が払われていませんでした。その考えは大きく改められつつあります。手術と抗がん剤、さらには放射線治療の力を総合して、最大の効果を引き出すにはどうしたらよいか。言い換えると、患者さんの生命を最大限に延長するにはどうしたらいいか(その延長線上に治癒があります)。そのためには精密に設計され、正しい結果が得られる臨床試験のノウハウが必要でした。しかし、1990年代まで、こうしたよく設計された臨床試験は殆ど存在しませんでした。臨床試験の近代化の扉を開く試みが本書で取り上げるN・SAS試験であるということができます。手術後の化学療法で再発の芽を摘む仮に手術によってがんが根こそぎ取り除かれてしまえば、がんは再発しません。時間がたって、全く新しくがんが発生することはあるかもしれませんが、それは再発とはいいません。再発は、手術した後、時間が経過した後に、その部位に再び同じがんができる、もしくは異なった部位にやはり同じがんができる現象を指します。手術して一定期間を経て、再びがんに罹患する場合は圧倒的に「再発」であるケースが多いものです。再発を予防もしくは少しでも減らすためにはどうしたらよいか。そのためには、手術で取ることができなかった見えないがんを消滅させることが必要になります。そこで、実施されるのが術後補助化学療法と呼ばれる薬物療法です。抗がん剤を使って、手術が取り残した見えないがん、がん細胞をたたく治療です。抗がん剤だけで大きながんを殺すことには限界があります。しかし、手術で大きく減らして、その残党を抗がん剤で刈り取ることができれば、原理的にがん再発の芽を摘むことができると思われます。また、手術の前に抗がん剤を使って、がんの病巣を小さくし、手術を行いやすくする治療法も最近、胃がんや乳がんなどを中心に普及してきました。こうした治療を術前化学療法といいます。術後の化学療法が英語でadjuvant chemotherapyというのに対して、術前の化学療法はneoadjuvant chemotherapyといいます。こう考えると、手術の後には抗がん剤を使うことが良いことばかりに思えます。ですから、手術の後は全ての患者に抗がん剤を投与することが当たり前と考えられた時期もありました。でも、すべての手術で、すべてのがんで術後補助化学療法が必要かというと、必ずしもそうとはいえません。極めて早期のがんでは手術だけの場合と手術に抗がん剤を組み合わせた場合とで、その後の余命に違いがない場合があります。そのような場合では抗がん剤の使用は無駄であるばかりか、副作用を考えると、患者にデメリットになってしまうというケースもあります。薬を使うことが患者のメリットになるのかどうかは実際に使ってみて初めて明らかになるというケースがあります。このようなことは、実際に患者に抗がん剤を使ってみて、効果を検討する臨床試験という手続きによってのみ明らかになります。「やってみないと結果が分からない」のが臨床試験医学の知識の豊富な医師が行うことだから間違いないだろうということは通じません。実際、医師の知識と経験は医学の専門トレーニングとは無縁な一般人とは比較にならない蓄積があります。でも医師がすべての治療方針を正しく判断できるかといえばそうではありません。その証拠に、医師の中でもとりわけ特定の領域で研鑽を積んだはずの専門家の間でも意見の対立が起こることがあります。医師の中には、「臨床試験をやってみる必要はない、自明じゃないか」という人も少なくありませんが、一見自明に見えても、実際に臨床試験を行ってみると、期待したとおりの結果が出ないということもたくさんあります。乱暴に聞こえるかもしれませんが、「やってみないと分からない」からこそ、臨床試験を計画し、実行する意味があるともいえます。本当に、試験をやる前から自明であるならば、その試験を行う意味はないことになります。そうした試みに動員されるのは、患者にとっては迷惑この上ないということになります。人の専門家が、みな同じ結果を予想する臨床試験は成立しません。でも、相反する予想をする専門家がいれば臨床試験を行う必要性は上昇します。5人が「A」と予想し、5人が正反対の「B」と予想する試験こそ実施する価値が最も高い試験ということができます。価値が高い臨床試験とは、その結果が「A」であっても「B」であっても、医学への貢献が大きい、医療を進歩させる、そしてより多くの患者の福音となることを意味します。医学の進歩とは、こうした行ってみる価値が高い臨床試験を設計し、実行し、その結果を広く周知する、時には批判を浴びる、そしてその批判に建設的に対応するという一連のプロセスを通じてなしえることができます。本書がN・SAS試験を取り上げる理由は、こうしたプロセスのすべてが、そこには凝縮されているからということができます。UFTは本当に服用する価値があるのか?本書では、1990年代を通して術後補助化学療法の定番のように国内で使われていたUFTという抗がん剤を中心に話を進めます。UFTは、正式には(一般名)テガフール・ウラシル配合剤といいます。5-FU(一般名:フルオロウラシル)という抗がん剤を改良した飲み薬(経口抗がん剤)です。がん細胞は正常ながん細胞に比べ、分裂周期が短い、言い換えると早く分裂し、早く増殖する傾向があります。当然、がん細胞では正常な細胞よりも活発にDNAを複製することになります。そのために、DNAの材料になる核酸を正常細胞よりも貪欲に吸収します。5-FUは核酸化合物であり、がん細胞に取り込まれます。しかし、本来の核酸と化学構造が微妙に異なっているために、取り込んでしまったがん細胞は、DNAの複製ができません。これがもとで異常を来し、死んでしまうことになります。5-FUはがん細胞よりは少ないものの、正常細胞にも取り込まれるために、これが副作用の原因になります。5-FUは静脈注射で使われますが、大鵬薬品はこれを経口剤とし、より使いやすくすることを考えました。5-FUの最初の改良版はテガフール(一般名)という薬剤です。しかし、経口剤として使うと5-FU分解酵素によって分解されてしまうことから、大量に服用する必要がありました。そこで5-FU分解酵素の働きを阻害するウラシルという核酸を配合した合剤として開発されたのがUFTでした。UFTは多くの種類のがんに使用することが厚生省(現在の厚生労働省)から承認されていました。N・SAS試験の対象となった乳がん、結腸・直腸がん、胃がんはもちろん、膵臓がん、胆嚢・胆管がん、肝臓がん、肺がん、頭頸部がん、膀胱がん、前立腺がん、子宮頸がんなど、主ながんのほとんどに使うことができます。広く使えて、しかも飲み薬なので、手術を終えた患者は自宅で治療を継続できる。その結果、手術を受けた患者の多くが、治療の場が自宅に移ると同時にUFTによる治療をすることになりました。ここで1つ問題がありました。UFTに限らないのですが、1995年より以前の抗がん剤の多くの臨床試験は進行再発後の手術不能患者を対象に行われていたということです。当時も、そして2012年の現在もそうですが、早期のがんならば手術を行うことができます。その後で再発あるいは、手術ができないほど転移した状態で見つかった患者では手術ができず、抗がん剤や放射線照射が中心になります。現在では、この手術↓化学療法、放射線療法という順番は曖昧なものになっています。がんの種類や進行度毎にそれぞれの治療法の相乗効果を狙った順番と組み合わせが模索されるようになっています。もちろん、その手順の有効性を探る方法が臨床試験による比較であることはいうまでもありません。問題というのは、UFTに限らず多くの抗がん剤の有効性が、こうした手術を行うことができない進行再発患者を対象に実施された臨床試験によって検証されていたことです。術後に抗がん剤を使う目的は、微小転移、目に見えない残存がん細胞を根絶して、再発を防ぎ、患者を治癒に導くことにあります。一方の転移もしくは再発した患者に使う場合、幸運にも稀に治癒することはあるにしても、その目的は根治ではなく、延命に置かれていることが普通です。抗がん剤を使う意味が違うのです。しかし、実際は延命しか期待できない患者を対象に臨床試験を行い、薬事の審査にかけられ、承認され、臨床現場で使用されていました。しかも、当時この臨床試験の評価は延命効果の有無ではなく、腫瘍が一時的に縮小するかどうかに主眼が置かれていたために、医師の間でも「抗がん剤は本当に患者の延命に役立っているのかどうか」を疑問視する声が根強くありました。しかも、こうして承認された抗がん剤の多くが術後補助化学療法にも使われていたのです。当たり前のように使われていても、本当に効いているのか。患者の福音になっているのか。その点が曖昧なままに、がん化学療法は推移していました。国立がんセンター(現、国立がん研究センター)を牽引し、1994年4月から99年3月まで総長を務めた阿部薫は、「UFTは本当に効いているのか」と疑問を持った医師の1人でした。「術後補助化学療法にこんなに使われている。でも効いていなかったら、大変なことだと思った」と阿部は振り返ります。数100億円という単位で使われていた抗がん剤の効果を医師が疑問視している......。これが1990年代半ばまでの日本のがん医療の現実でした。深まる薬への不信感術後補助化学療法としてUFTは本当に効果があるのか。これを検証するために厚生省が始めた臨床試験事業がN・SAS試験です(2年後に試験に責任を持つ主体は大鵬薬品になりました)。この試験が実現するためには、阿部を含めた専門医たちが潜在的な疑問以外にもいくつかの忘れることができない社会的な事件がありました。その1つがソリブジン事件であり、脳循環改善・脳代謝賦活薬をめぐる承認の取り下げに関わる一連の出来事ということができるでしょう。ソリブジン事件は、帯状疱疹治療薬のソリブジンがUFTなどのフッ化ピリミジン系抗がん剤と併用された結果、1993年9月の発売後1年間に15人の死者を出した事件です。ソリブジンは治験の段階で既に3人の死亡者を出していたにもかかわらず、併用禁忌となっていませんでした。また、死亡者が確認されていながら、その情報が臨床現場に有効にフィードバックされていなかったことから、死亡件数を増やしてしまったという反省もありました。新薬の評価方法に疑問が生まれました。脳循環改善・脳代謝賦活剤では薬効再評価の結果、有効性が否定され、やはり新薬の評価に疑問符がつく結果となりました。並行して、予見や錯誤が入り込む余地がない臨床試験を設計し、実行し、科学的な評価を臨床に役立てるという根拠に基づいた医療(Evidence based Medicine:EBM)を実践する気風が欧米から導入されてきました。また、深まる薬への不信とともに、薬剤費抑制を医療行政の中心柱としたいという厚生省の思惑......。こうしたいくつかの支流が合流して生まれたのがN・SAS試験でした。


目次

はじめに

第1部 新薬の開発とN・SAS試験

第1章 ソリブジン事件

第2章 脳循環改善剤事件 さらにゆらぐ医薬品への信頼

第3章 消化器症状を経口剤化で回避したUFT

第2部 N・SAS試験が始まる

第1章 UFTに白羽の矢が立った理由

第2章 品質管理から生物統計学、そして臨床研究のデザインへ

第3章 「UFTが負けたらどうする」

第4章 N・SAS-BC試験のプロトコール設計

第5章 乳腺病理医が集まって目合わせ

第6章 論争 UFTとCMFを比較する意義はありや

第7章 UFTを信用していなかったN・SAS-CC試験

第8章 後継TS-1に食われたN・SAS-GC試験

検証 N・SAS試験の歴史的意義

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書籍情報

  • ISBN:9784931400634
  • ページ数:180頁
  • 書籍発行日:2013年2月
  • 電子版発売日:2013年6月29日
  • 判:四六判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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