不条理な論理

医療の世界では最近とみに不条理な案件が増えている．不条理とは広辞苑によると"物事の筋道が通らないこと"と定義される．テレビを中心に多方面から医療関連の情報は氾濫し，昨今の医療の確実性ばかりが強調される．想定外の結果をみると，即座に医療ミスという言葉を発する．医療の不確実性を逆手に取ったものでクレームに近い．常識的な知識を持っていれば真偽を疑いたくなる事象も，何かと文句を言いたいのかもしれない．大声で訴えると診察内容が改善する，優遇されると思っているのであろうか．モンスターペイシェントやクレームの対応は疲弊するばかりか，気分も落ち込む．われわれ医療側も今まで以上に，しっかりとした対応や説明をすべきである．2つの案件を紹介する．

　ステロイド筋注：毎年悩まされる花粉症が筋注1本で，マスクも花粉症用の眼鏡も不要，内服薬も飲まなくてすむ．一部の医療機関で特効的治療法と称して行われている．『鼻アレルギー診療ガイドライン』にも使用は望ましくないと記載されているが，この治療薬を希望して来院する患者がいる．まずは標準治療からという申し出には耳を傾けない．ところが，注射後に生じた皮膚陥凹をみて大騒ぎ．こんな副作用が出るのであれば，最初から注射は希望しないと訴える．患者の強い要望をかなえたのに，説明義務違反と不条理な論理を振りかざす！　筋注は高濃度であり全身的な副作用も多い，鼻炎には使用すべきではない．皮内注射でも皮膚陥凹は起こりうる事象であり，詳細な副作用を説明書で理解していただき同意書まで取るべきである．

　爪の黒色線条： 以前より爪の黒色線条があり， 次第に色調が濃くなったが， 爪甲破壊やHutchinson徴候もないので1回で終診．数年後に他院でメラノーマと診断．初診時にダーマスコピーや皮膚生検を行えば，指の切断が回避されたといった案件はときにある．皮膚科専門医としての検査不履行を訴えられる．爪の黒色線条のみの臨床像は，皮膚のメラノーマと異なり診断は容易ではない．爪下生検も簡単にはしたくない．将来生じるかもしれない爪下のメラノーマを予見できる，スーパー皮膚科医は決して多くない．大事なことは臨床やダーマスコピー写真を撮り経過を見ること，変化や違和感があればすぐに来院するよう指導すべきである．

　このような案件が出る背景の1つに，医療問題を専門に扱う弁護士が増えたことがあげられる．医師側は訴えられて裁判にでもなれば，日常診療に支障が生じるばかりか診療所や病院内の評判は落ち患者が来なくなる，ネットで騒がれれば閉院や退職を余儀なくされる最悪の事態を想定する．勝訴しても大きな傷が残り，騒がれた代償は払ってくれない．忙しい日常診療とはいえ患者の目線でわかりやすく，しっかりとした説明をする責任がある．そして事象が生じたときは冷静に判断し，ときには断固たる態度，過誤には真実を伝え，謝る誠意が不可欠である．そうでないと，不条理が不条理ではなく世間が認める論理にすり替わってしまうように思える．

向井　秀樹