小児皮膚科医として25年目を迎えて
大学病院で10年ほど大人中心の皮膚科医をやった後,子ども専門病院の皮膚科一人医長として赴任してきて,今年で25年目となる.赴任してきた当初は,いままで見てきた大人中心の皮膚科と,小児だけの皮膚科の大きな違いに驚き戸惑った.しかし一人医長となる前の2年間ほど,週に1回,前任の齋藤胤曠先生のご指導を仰ぐ機会があり,その貴重な経験がのちに大いに役立った.
大学病院で10年ほど大人中心の皮膚科医をやった後,子ども専門病院の皮膚科一人医長として赴任してきて,今年で25年目となる.赴任してきた当初は,いままで見てきた大人中心の皮膚科と,小児だけの皮膚科の大きな違いに驚き戸惑った.しかし一人医長となる前の2年間ほど,週に1回,前任の齋藤胤曠先生のご指導を仰ぐ機会があり,その貴重な経験がのちに大いに役立った.
齋藤先生は大変厳格な先生で,看護師たちからは煙たがられていたが,患児たちをみる眼差しは優しく慈愛に満ちていた.当時流行った脱ステによって全身浸出液と血まみれになって訪れる子どもたちを入院させて,休みの日でも毎日ご自身の手で軟膏処置,重層塗布をされ,ときにはシャワー浴さえも手伝っていらっしゃった.
齋藤先生は大変厳格な先生で,看護師たちからは煙たがられていたが,患児たちをみる眼差しは優しく慈愛に満ちていた.当時流行った脱ステによって全身浸出液と血まみれになって訪れる子どもたちを入院させて,休みの日でも毎日ご自身の手で軟膏処置,重層塗布をされ,ときにはシャワー浴さえも手伝っていらっしゃった.
いまも忘れられない場面がある.重層塗布のためにあらかじめ亜鉛華軟膏をリント布に均一に延ばしておいたものを何枚も準備しておくのは看護師の仕事なのであるが,あるとき不慣れな新人看護師が用意したものがいびつな塗り延ばし方で,端の方には軟膏が載っていなかった.それをみた齋藤先生が激怒されたが,その看護師が「そんなことおっしゃるなら,先生がやってください!」と逆ギレしてしまった.すると先生は素早く軟膏ベラを手に取られて,見事な包丁さばきならぬ軟膏ベラさばきで,あっという間にムラのない滑らかなシートを作られた.なんだかプロのケーキ職人の技のような美しい作品に,一同息をのんだ.私もこれぞ本物のプロの皮膚科医と大変感動し,その後ひそかに自分でも練習したものであった.
いまも忘れられない場面がある.重層塗布のためにあらかじめ亜鉛華軟膏をリント布に均一に延ばしておいたものを何枚も準備しておくのは看護師の仕事なのであるが,あるとき不慣れな新人看護師が用意したものがいびつな塗り延ばし方で,端の方には軟膏が載っていなかった.それをみた齋藤先生が激怒されたが,その看護師が「そんなことおっしゃるなら,先生がやってください!」と逆ギレしてしまった.すると先生は素早く軟膏ベラを手に取られて,見事な包丁さばきならぬ軟膏ベラさばきで,あっという間にムラのない滑らかなシートを作られた.なんだかプロのケーキ職人の技のような美しい作品に,一同息をのんだ.私もこれぞ本物のプロの皮膚科医と大変感動し,その後ひそかに自分でも練習したものであった.
また,齋藤先生は,今のようにアトピー性皮膚炎のプロアクティブ療法なんていう言葉もなかった時代から,患者さんに今のプロアクティブ療法の原則を徹底的に指導されていたのである.重症な皮疹には強めのステロイドをたっぷりと塗り早くきれいにして,ツルツルになってもすぐに止めないで,しばらく1日置きに塗りなさい,それで大丈夫なら少しずつ間隔を空けて,とお母さんたちに繰り返しおっしゃっていた.まさにいま,私が患者さんにいっていることと同じである.齋藤先生が今のプロアクティブ療法のことを聞かれたら,きっとそんなことは30年前からやっている当たり前のことだとおっしゃるに違いない.齋藤先生のことを思い出すと,優れた臨床医は患者さんの症状を曇りなき眼力でよくみて,自身の手で治療し,その結果を踏まえてよりよい治療法を自分なりに考え編み出していくものなのだとつくづく思う.
また,齋藤先生は,今のようにアトピー性皮膚炎のプロアクティブ療法なんていう言葉もなかった時代から,患者さんに今のプロアクティブ療法の原則を徹底的に指導されていたのである.重症な皮疹には強めのステロイドをたっぷりと塗り早くきれいにして,ツルツルになってもすぐに止めないで,しばらく1日置きに塗りなさい,それで大丈夫なら少しずつ間隔を空けて,とお母さんたちに繰り返しおっしゃっていた.まさにいま,私が患者さんにいっていることと同じである.齋藤先生が今のプロアクティブ療法のことを聞かれたら,きっとそんなことは30年前からやっている当たり前のことだとおっしゃるに違いない.齋藤先生のことを思い出すと,優れた臨床医は患者さんの症状を曇りなき眼力でよくみて,自身の手で治療し,その結果を踏まえてよりよい治療法を自分なりに考え編み出していくものなのだとつくづく思う.
いま,私は齋藤先生の在籍期間を超えつつあるのだが,臨床力はまったく超えられていないと恥じ入る思いがある.しかし,患児を自分の子どものように愛し,よくみて,よく触れて,自分の素手で軟膏を塗りながらコミュニケーションを図る,このスタイルだけは受け継いでいるつもりである.こんなかなり偏りのある小児皮膚科医を本誌の編集委員の1人として加えていただいたが,何か少しでも新風を吹き込むことができれば幸いと思う.
いま,私は齋藤先生の在籍期間を超えつつあるのだが,臨床力はまったく超えられていないと恥じ入る思いがある.しかし,患児を自分の子どものように愛し,よくみて,よく触れて,自分の素手で軟膏を塗りながらコミュニケーションを図る,このスタイルだけは受け継いでいるつもりである.こんなかなり偏りのある小児皮膚科医を本誌の編集委員の1人として加えていただいたが,何か少しでも新風を吹き込むことができれば幸いと思う.
馬場 直子