はじめに
この業界に入り,形成外科医から非外科的な美容医療に軸足を移したころ,まだこの分野は黎明期であり,メスを持たない美容など無理だと諸先輩方からの批判も多く,実際に自らが心躍るような仕事の大半は手術であった。レーザー脱毛やケミカルピーリングが全盛期であり,収益の多くはこの施術から得られたものであった。残念ながらこれらは医師の技術的な差違をつけることが難しく,参入障壁が低いことから今では価格破壊が生じてしまった。その後IPLいわゆるフォトフェイシャルが大流行し,そしてヒアルロン酸注入をはじめとする“プチ整形ブーム”のもと,さまざまな施術が登場してきた。体表が主たる治療対象だった美容医療が,シワやたるみ,そして痩身に至るまでを対象とするようになった。美容医療というジャンルが確立され,華やかな世界が拡がっていくとともに,ビジネスとしての要素も強くなって,時に嘆かわしい医療が横行するようにもなってきた。非外科的な美容医療は雑誌などメディアでも取り上げやすく,恣意的で集客に都合の良い,誤った情報が拡がりつつもある。自らは関知せず,自身の医院で正しい診療をすれば良いという考えもあるが,この業界が開花した初期から見てきた立場として,また少なからず新しい治療を導入し,本邦における普及に関わってきた立場として,このような状況のまま突き進むことに対して少しでも抗することができないかと考えるようになってきた。
思えば,私は形成外科医であり皮膚科医ではない。人に誇れるような経歴など何一つない。スキンケアの基本など知らなかった。レーザーもほんの触りだけ教わった。ノンサージカルな分野については誰からも指導を受けることはなかったし,当時はそんなことを書いた医学書はなかった。また次々に新しい治療法が登場してきた時期は全て手探りであった。専門外の分野の書籍を読みあさり,国内外の同業と情報交換をしながら仕事をしてきた。では今はどうか。医師はどこから情報を収集しているのであろう。インターネット? メディア? これでは一般の患者と同じレベルである。残念ながら,そのような場合もある。では,きちんとした医学書はあるだろうか。私自身,医学書を幾つか執筆させて頂いたが,どうしてもエビデンスベース,文献などをもとに根拠のある内容を書かなくてはならず,実臨床との相違がもどかしいこともある。
シンポジウムやセミナーなどの当日,控え室で同業ドクターと「しらふで」話しをすると,本音のトークつまり学会で話せないけど実践している治療の実情について伺う機会は多い。実はこの話が一番勉強になることも多い。ただ,講演で話せる内容ではなく,エビデンスがなかったり,マニアックだったりするし,もちろん100%正解ではないこともある。しかし実臨床とはそのようなものである。これを何とか形に残せないだろうかと考えた。
実臨床に即し,治療法ではなく症状ごとに分類し,実際にどう考えて治療をしているのかをまず思う存分書いて頂き,最後は鼎談して意見の相違を残したままでも本音を引き出していこう,というのが本書の意図である。今まさにバリバリに美容医療を実践している医師に依頼し,表裏なく書いて頂くことを基本とした。
本書は,全くの美容初心者ではなく実臨床をしていて疑問に思うことが幾つかある医師を読者に想定している。ただ,ベテランにとっても必ずや役に立つ内容ではないかと思っている。自分の経験や知識だけで外からの知見を頭に入れないと,時代遅れの古い医療になってしまう。これは何も美容医療に限った話ではない。何が患者側から求められているのかを理解するべきであり,押しつけの医療をする時代は終わっている。
気楽に,でも皆がいつもお互い質問しあっている,「で,ほんとうのところ,今どうやってるの?」 これをまとめたのが,本書『美容皮膚医療ホントのところ』である。
2020年2月
みやた形成外科・皮ふクリニック
宮田成章