内視鏡である腹腔鏡が,検査や処置のためではなく本格的な手術器機として用いられるようになったのは,1990年前後のCCDカメラの登場と進化にある。その発端は,何といっても外科領域での胆囊摘出術である。術式と器具・器材などをパック化したことにより,短期間で爆発的に普及した。
一方,婦人科領域では,以前より体外受精のための採卵や,受精卵の移植の手段に腹腔鏡が導入されていたが,その時期が早すぎたため,当時の器機や器具では手術が出来るものではなかった。ちょうどその頃,精巧な経腟超音波が登場し,腹腔鏡の衰退に滑車をかけた。
そのような黎明期ともいえる時期に,卵巣囊腫に対する“伊熊法”を考案し,腹腔鏡手術は誰にでも出来る技法として世に出した。しかし,当時は術式から技法,器材・器具も無い中で,様々な経験をした。その解決法として,手技・手法の習得,習熟はもちろん,術式の改善や新たな概念の導入,器具・器材の考案,製品化に至るまで関わってきた。また,同時期に患者へのインフォーフドコンセントが導入され,腹腔鏡手術は保険適用外であることへの対応など,多くの課題にも直面した。
それから,四半世紀を過ぎた現在,ロボット手術の導入,実践的な単孔式手術の普及,NOTESといった新しい概念への取り組み,またそれに付随する機器・器具・器材の改良・開発,教育や人材育成など,内視鏡手術を取り巻く環境の変化には目を見張るものがある。
しかし,変わらないものもある。それは手術方法ではなく,手術内容を如何に安全で確実に行うか,また,考慮すべき合併症やトラブルから回避できる手法を習得することである。
これまでにも腹腔鏡手術の適応拡大に関わってきた。また,従来の手術内容を腹腔鏡手術に切り替えていく中で,想定外な事例に出くわすこともあると,身をもって体験した。腹腔鏡手術ならではの良いこともあったが,合併症を含めた各種トラブルもあり,“光と影”の存在を認識した。健全な内視鏡手術の普及は,“影”に焦点を当てる必要があり,日本産科婦人科内視鏡学会と日本内視鏡外科学会を通して普及活動にも携わってきた。腹腔鏡手術はその内容を映像に残すことができる。手術全体を撮影し,可能な限り鮮明に,そして必要時にはビデオ編集も出来る。そして,手抜きはしないこだわりが技術上達への近道とする信念の下,継続してきた。皆様にも役立つであろう内容を動画と共に本書でも解説している。
腹腔鏡手術は“Pure Technique”が基本と考える。しかし,固執した考えにより,とんでもないことに落ち入る報告も散見される。それは,腹腔鏡手術では術者の技量が問われるが,その場に応じた対応も必要である。以前は,“補助:assist”が認められていたが,現在では“純:pure”が求められ,それに捉われ過ぎブラックホールに陥ることがあると思われる。その回避法として“Hybrid”の考え方が芽生えてきたのである。それは,卵巣囊腫摘出術や,筋腫摘出術,子宮全摘術に対しても同じである。本書では,長い道のりで辿り着いた“Hybrid”の概念も合わせて公表することにした。
ただ,同じような事例は他施設でも起こり得ると予測し,これまでを振り返りながら,新たな概念を紹介したいと考える。
ビデオの構成から編集に至るまで全て自身で作成している。また,合併症やトラブルシューティングの解説では,表現に制限もあるため至らぬ点があることをご理解いただきたい。本書を手にされた皆様のお役に立てれば幸いである。
最後に,出版に当たり,推薦文を頂いた日本産科婦人科内視鏡学会理事長 竹下俊行先生,執筆頂いた明樂重夫先生,浅川恭行先生,北脇城先生,楠木泉先生,子安保喜先生,棚瀬康仁先生,山本泰弘先生に感謝致します。
2017年2月吉日
日本産科婦人科内視鏡学会名誉会員
日本エンドメトリオーシス学会顧問
日本内視鏡外科学会名誉会員
伊熊健一郎