監修の序
本書および他の『マネジメントシリーズ』の企画協力をメジカルビュー社の小松氏からご依頼を受けたときには,同じく企画協力で関わっていただいている石井慎一郎先生と「文献をもっと読もう」を1 つのテーマに掲げました。筆者が学生であった20 数年前には肩関節および運動器理学療法に関する文献や書籍は少なく,限られた情報と実際の臨床を照らし合わせたり,文献の著者である先生の臨床見学に伺ったり,試行錯誤しながら知識や技術を蓄積していくしかありませんでした。近年では,理学療法士の増加や情報化社会などを背景として文献や書籍の数はすべてを追いきれないほどに増加し,むしろどれを選択して読めばいいのか難しくなってしまうほどです。結果,目に入るものだけ読む,あるいは選択すること自体が億劫で読まない,という状況に陥りやすいことを筆者自身も感じることがあります。
そこで,本マネジメントシリーズはエビデンスを中心とした内容にまとめることにしました。そうすることで,理学療法の評価と治療に関するエビデンスを知るだけでなく,エビデンスの基となる論文を読む機会も生まれます。また,読むべき論文も自動的に選択されて,効率よく必要な論文を読むことができるでしょう。論文を読むことによって知見が深まるのはもちろん,実際の臨床の裏付けになっていることも多々見つかります。一方で,論文によって結論が異なり,コンセンサスが得られていないことも当然あります。これは細かいレベルで母集団が異なっていたり,視点が異なっていたりするなど様々な要因が影響するからです。そのようなこともあり,本書では,評価・治療の理論からケーススタディまで極力一貫性を保つため,少数の筆者に絞りました。それぞれ肩関節障害の臨床及び研究の第一線にいらっしゃる先生方です。
本書のもう1 つの特徴として,理学療法の評価・治療に関しては機能障害別に項目立てをしていることが挙げられます。これはより適切な理学療法を提供できる分類は何か,というもう1 つのテーマの下で採用した項目立てです。それによって肩関節の理学療法が難しいと感じている方々にも理解しやすく,かつ理学療法の効果をもたらす助けになることを期待しています。
そのようなリクエストにお応えいただいた執筆者の先生方,本書の完成に長期間ご支援いただいたメジカルビュー社の小松朋寛氏・北條智美氏,そして何よりも本書のテーマに共感していただき根気よく目の回るような編集作業の労をとっていただいた甲斐義浩先生に深謝します。
2019年6月
村木孝行
編集の序
肩関節の運動は,胸鎖関節,肩鎖関節,肩甲胸郭関節,および肩甲上腕関節の協調的な運動によって成り立つことは言うまでもありません。肩関節の運動範囲は,人体の関節のなかで最大であるとともに,その一方で最も不安定な構造を有しています。肩関節を構成する一連の関節群で,最も広範な可動性を有する肩甲上腕関節では,上腕骨の自由な動きを担保するために,肩甲骨の関節窩は狭くて浅い,つまり骨性支持に乏しい構造となっています。その対価として生じる不安定性を補うために,関節窩に対して上腕骨頭を引き付ける腱板構成筋の働きが欠かせません。また,胸郭に浮遊する肩甲骨は,上腕骨に加わる荷重を土台として受け止め,かつ自在に動きながら上腕骨頭を追跡し続けなければなりません。さらには,肩甲骨と体幹を骨性に連結する鎖骨も,近位端と遠位端で滑膜関節を形成し,それぞれ(胸鎖関節・肩鎖関節)が三次元的な運動を求められます。つまり,肩関節理学療法では,運動性と安定性,いわばトレードオフの関係にある2 つの機能をいかに満たすかが肝要であり,さらにこれらの機能を破綻させている原因を適切に把握する必要があります。
一方,肩関節疾患(病態)の重症度と機能障害の程度は,必ずしも一致するわけではありません。例えば,広範囲腱板断裂症例では,自動挙上が制限される偽性麻痺を呈することも少なくありませんが,仮に病態の重症度が同程度であっても自動挙上が可能な症例も数多く存在します。また,肩関節疾患の結果として生じている機能障害なのか,あるいは肩関節疾患の原因となりうる機能障害なのか,その因果関係がいまだ不明確な症例も多いのが現状です。
そこで本書では,肩関節の代表的な「機能障害」に焦点を当てて,その機能障害と関連する病態や機能障害どうしの関連について整理し,多様な機能障害の見極め(評価)と理学療法について,わかりやすく丁寧に解説しました。また,できる限り科学的根拠に基づいて記載したうえで,執筆者の豊富な臨床経験に基づく知見を加えています。疾患別ではなく,機能障害別の理学療法をコンセプトとした本書は,他書に類をみない,ユニークでまったく新しい視点でまとめられた専門書として完成することができました。これもひとえに,本書の主旨にご賛同いただき,ご多忙のなかご執筆いただいた先生方のお力添えの賜物です。この場を借りて,心より感謝申し上げます。また,企画から出版に至るまで,ご尽力いただいたメジカルビュー社の小松朋寛氏・北條智美氏,そしてなにより,私の至らぬ編集作業を,常に力強く支えてくださった監修の村木孝行先生に深謝いたします。
本書が,読者のみなさま方にとって「肩関節理学療法」の扉を開き,日々の臨床に少しでも役立つことを願っております。
2019年6月
甲斐義浩