はじめに
Introduction

今井健一
Kenichi IMAI
日本大学歯学部細菌学講座／生体防御医学研究所生体防御部門

口腔と全身との関連性が科学的に検証され，歯周病をはじめとする口腔疾患が全身疾患と密接に関係していることが明らかとなってきた．国家の経済運営と財政改革の基本指針である「経済財政運営と改革の基本方針2020―危機の克服，そして新しい未来へ（骨太方針2020）」のなかにも，“細菌性やウイルス性疾患の予防という観点も含め，口腔の健康と全身の健康の関連性をさらに検証”と明記されるなど，口腔に対する関心が高まっている．最近では，新型コロナウイルス（SARS－CoV－2）が唾液中に多く存在することや，SARS－CoV－2のレセプターであるACE2が舌を含む口腔粘膜に多く発現しているため，口腔がウイルスの感染の場となっている可能性も示されている．

口腔内の細菌とウイルスは血流や誤嚥を介してほかの臓器に運ばれるため，歯周疾患（歯周炎と根尖性歯周炎：歯の周囲と根の先の炎症）や齲蝕などの口腔感染症を単に口腔内に限局した疾患ではなく，全身に影響を及ぼしうる疾患として捉える必要がある．また，歯周炎の病変部で産生された炎症メディエーターが全身に波及する．とくに，中等度以上の歯周炎患者における歯周ポケット（歯と歯ぐきとの間で深化している歯周病巣）の潰瘍部の面積の総和は55～72cm²となり，手のひらと同じ大きさの潰瘍面を口腔内に有することを意味する．

一方で，口腔ケアをはじめとする口腔健康管理が糖尿病や誤嚥性肺炎の予防に有効であることは広く認知されて久しい．とくに，周術期における口腔ケアが，口腔微生物に起因する肺炎などの術後合併症を減少させることから，2012年度の診療報酬改定において，周術期口腔機能管理料が新設されるに至っている．疾患の予防自体に保険給付が認められたことは特筆すべきことであり，医科・歯科連携に代表される多職種連携の賜物である．今後，社会の高齢化がますます進み有病高齢者や要介護高齢者の増加が見込まれるなか，口腔健康管理は全身の健康維持とQOL（quality of life）の向上，そして何よりも健康寿命の延伸においてますます重要となる．

そこで本特集では，豊富で固有な微生物層を抱える口腔と全身疾患との関連を研究する各分野の第一人者の先生方に，疾患発症に関わる最新知識を解りやすく解説いただいた．口腔はアルツハイマー病，呼吸器疾患，循環器疾患，糖尿病，腸管のディスバイオーシス，早産・低体重出生，関節リウマチ，そしてサルコペニアまで，文字通り体幹体肢・全身のさまざまな疾病と深く関わっていること，全身の健康と口腔の健康とは密接に関係していることを，本特集を通じてご理解いただければ幸いである．