序
2018 年に日本神経学会は,標榜診療科名を「神経内科」から「脳神経内科」に変更した.ねらいは神経内科の診療内容をよりよく一般の方々に理解していただくことにある.
在宅療養されている神経内科の患者さんが多くおられるなかで,摂食嚥下障害についても,より理解と連携を深めていただくことができればとの願いを込めて,本書を企画した.本書のタイトルは「脳神経内科」とし,本文では従来の「神経内科疾患」という言葉を用いているが,込めた思いは同じである.
神経内科疾患では摂食嚥下障害が合併することが多いが,疾患特性を理解したうえで介入し,残存能力を生かしたアプローチをすることによって,ADL/QOL 維持向上に貢献できる.摂食嚥下機能を評価し,介入プランを構築し実施して,患者の食生活を全人的にチーム医療として支えれば,重篤な肺炎や窒息は減らすことができる.摂食嚥下障害への医療的ケアには,原疾患の病態理解,摂食嚥下機能評価,機能に見合った嚥下調整食,姿勢・食具・環境の調整,嚥下訓練・体操,栄養管理,誤嚥予防,患者の理解・受容へのサポート,介護者への援助などが含まれる.
さて,誤嚥性肺炎は高齢者の肺炎では8~9 割を占める.肺炎は,日本人の死因において脳卒中を抜いて2011 年に第3 位になった.神経内科疾患の肺炎は誤嚥によるものが多い.一度,誤嚥性肺炎を起こすと,医療者も介護者も誤嚥を恐れて食事は楽しむものということを忘れがちになる.そして,ともすれば安全第一として,食のケアに消極的になることが少なくない.特に長期の経過をたどる神経内科疾患ではそのために,患者の食のQOL を低下させることがある.
一方,食物窒息は不慮の事故に分類されている.不慮の事故は日本人の死因の第6 位であり,そのなかには食物窒息が多く含まれる.厚生労働省によると,年末年始を挟む12~1 月は窒息事故が大きく増え(図1),東京消防庁の報告では,東京都内で2011~15 年に餅を詰まらせて562 人が救急搬送された.2018 年1 月1 日には,東京都内だけで餅を喉に詰まらせて55~90 歳の男女15 人が救急搬送され,うち2 人が死亡し,7 人が重体であった.食物窒息は本当に不慮の事故だろうか? 予測でき予防できるものはなかったか? 神経内科疾患でも食物窒息は少なくない.嚥下障害に気づかないで食物窒息を起こしたとすれば,それはとても悲しいニュースである.
神経内科疾患のなかには「難病」といわれる疾患が少なくなく,特に在宅医療の現場では,対応に戸惑われることもあるかと思う.専門外・未経験の医療職・介護職の方が,熱心に取り組んでくださっている様子を拝見し,神経内科からの知識と情報の発信と共有が必要であると考えた.
神経内科疾患の医療的介入のコツとワザ,さらに,経験則だけではない科学的根拠に基づいた医療的ケアが,現場に必要とされている.
近年,国は病院から在宅医療への推進を行っており,病院での入院期間は短くなり,いかに安全にまたその人らしく在宅医療を支えるかが重要な課題となってきている.
中医協によれば,訪問医療を受けている患者の内訳は,認知症約50% 脳卒中約30% 神経難病は15%であり,訪問診療における神経内科の患者数は多い(図2).
本書では,神経内科での摂食嚥下障害医療の経験が豊富な医療専門職の視点を,在宅医療にかかわる医療職・介護職の方々と共有し,そして,神経内科疾患における在宅医療が,より円滑なチーム医療として患者さんに還元することを目指す.
摂食嚥下障害への介入の第一歩は,神経内科の各々の疾患特性を把握することである.
• 病変部位はどこか? 大脳・小脳・脳幹・脊髄・神経筋接合部・末梢神経・筋
• 病態・原因は何か? 神経変性・自己免疫性・脳血管障害・脱髄性など
• 発症様式と経過はどうか? 進行性・寛解増悪・急性発症のち回復など
そのような視点で神経内科の患者さんを見極めると,全体像がみえてくる.
多職種の方に神経内科疾患や摂食嚥下障害について親しんで読んでいただくため,分担執筆者には以下の2 点を特にお願いした.すなわち,参考文献は日本語の文献を多く取り入れ,そして,入手しやすい文献やガイドライン,書籍なども心掛けていただくこと,また,医学用語について専門性の高い用語はできるだけ避けて,必要に応じて用語解説もお願いした.
本書を通じて,神経内科疾患の患者さんが,本来の生活の場である在宅で,より楽しく安全な食生活と在宅療養を送っていただくことを切に願っている.
2018年8月
関西労災病院 神経内科・リハビリテーション科 部長
野﨑園子