序文
精神疾患を診療する機会は、精神科医はもとより一般内科医にとっても非常に多いと思います。しかしながら、精神疾患の診療が得意という一般内科医は少ないのではないでしょうか?
精神疾患であるという判断は除外診断によってなされることが多いと思われますが、この除外診断は特に若手医師にとって大変な労力が必要です。内科的疾患を例に挙げてみましょう。成人Still病の診断には感染症、悪性腫瘍、膠原病の除外が必要です。しかしウイルス感染症、悪性リンパ腫、血管炎を完全に否定することは時に非常に困難で、膨大で高額な検査を行い、そして結局は臨床所見に加えフェリチンの値が高いという簡単な検査結果を最終根拠に成人Still病という診断に辿り着くことがあります。このように、除外診断には大変な労力を要します。
精神疾患の診療を難しくしているのは、精神疾患の診断にはさまざまな器質的疾患の除外診断が必要であることではないかと考えます。そこで本書では、器質的疾患を除外して精神疾患を診断するのではなく、精神疾患を身体診察で積極的に診断できるようになることを目標に挙げました。精神疾患であると積極的に診断できるようになれば、精神疾患の診療は楽しく、得意なものとなるのではないでしょうか。
診断を受ける患者さんの側にも大きなメリットがあります。「当院ではこれ以上はわかりません」と言われ不安になり、多数の病院を巡り診察を受けている患者さんに対して、「診させていただいて私は安心しました。もし内臓に病気があれば○○という特徴があるはずですが、××さんの場合は△△という特徴がありましたから、これは内臓から来るものではありません」と伝えることができれば、少しでも安心してもらえ、不要な検査を施行しなくて済みます。また適切な診療を早期に受けてもらうことができるのです。
一般的に病歴は感度が高く、身体診察は特異度が高いとされます。感度の高い病歴は除外診断に役立ち、たとえば、気分の落ち込みもしくは興味の減退がなければうつ病は否定的と考えることができます。一方で特異度の高い身体所見は確定診断に役立つはずです。ところが、どのような身体所見が精神疾患の診断に有用かはあまり知られていないように思われます。そのため、本書では精神疾患を積極的に診断するうえで有用な身体所見について解説していきます。
本書を読むうえでの注意点があります。それは器質的疾患と精神疾患は境界が不明確であることです。たとえばParkinson病は脳内ドパミンが欠乏する器質的疾患で、ドパミンを補うと症状が改善しますが、ドパミンと同じモノアミンであるセロトニンやノルアドレナリンが欠乏した精神疾患がうつ病であるとするモノアミン仮説があります。また、ドパミンを拮抗する薬剤が抗精神病薬です。つまり、同じモノアミンの問題であっても捉え方によって器質的疾患か精神疾患かは変わりうるということです。また器質的疾患の中でその発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与する場合には心身症と呼ばれ、過敏性腸症候群、胃潰瘍、狭心症、高血圧、緊張型頭痛、片頭痛、関節リウマチ、気管支喘息、アトピー性皮膚炎などが含まれます。これらの疾患はどこまでが器質的でどこまでが機能的(精神疾患)なのかはさまざまな見解があると思われます。本書では、一般的な検査で異常が検出されうるもので、内科医や外科医が診療にあたるべき疾患を器質的疾患とし、精神科医や心療内科医が診療すべき疾患を非器質的疾患(精神疾患)と呼称しています。
本書では内科医師の目線から、研修医や一般医が日常診療に役立てられるような身体所見を取り上げましたが、よりスキルを上げるためには精神科や心療内科の医師からフィードバックを得ながら活用していただければ幸いです。
2015年2月吉日
上田剛士