序文
読者の皆さんは,医学生時代に糖尿病という病気をどう捉えていただろうか。私が医学生であったころ,糖尿病という病気は,75gブドウ糖負荷試験を用いた診断基準も確立しており,診断が単純明快な病気だと思っていた。治療についても食品交換表を用いた食事療法があり,それを順守することが大切だと教わった。その当時は,糖尿病の経口薬はSU薬とビグアナイド薬の2種類しかなく,ビグアナイド薬はSU薬の補助的な役割でしかなかった。ところが,医師になって外来や病棟で糖尿病患者と接すると,診断は簡単だが治療は非常に難しいことを痛感した。
大学の研修医になり,「根拠に基づく医療」(Evidence‒based medicine:EBM)1)というのが出てきた。EBMが発表された1991年以前は臨床家の勘や経験で糖尿病薬の選択は行われていた。現在では,糖尿病の経口薬は9種類,注射薬は2種類と治療の選択肢が格段に増え,診療ガイドラインも充実してきた。これらの診療ガイドラインを適切に利用することで,臨床的な判断や治療が効率化し,患者アウトカム2)の向上も期待できる。私自身も日本だけでなく,ADAやEASDの診療ガイドラインを参考にして,まれな病態に関しては文献をその都度,検索してきた。しかし,日本で標準化されたガイドラインが示されていない,よくある病態や,まれな糖尿病にどう対応するのか,まとまった本があればと考えていた。
リアルワールドで糖尿病をみていると,十人十色,百人百様の糖尿病がある。我々が目にする診療ガイドラインは,あくまでも一般論である。Eddyによると,ガイドラインが適応できるのは60~95%の患者にとどまり,95%以上の患者に適応されるのが「スタンダード」で,50%ほどの患者には一般的な推奨とは異なる「オプション」が適用されるとしている3,4)。つまり,リアルワールドの糖尿病診療はオプションだらけかもしれない。そこで,私自身が読んでみたい本を作ることにした。「第1章 基本的な病態をガイドする」(20項目)ではよくみる2型糖尿病からまれな病態を呈する糖尿病を網羅した。この章を読んでいただければ,最新の糖尿病治療を知ることができる。もしかすると,すでにまれな疾患に出会っていたことに気づくかもしれない。「第2章 合併症をガイドする」(8項目)では,糖尿病が長期にわたることで起こる糖尿病合併症の処方のコツについてレビューやメタアナリシスを元に,その道の専門家に執筆していただいた。「第3章 特殊な病態をガイドする」(12項目)では,通常の診療ガイドラインで網羅されていないことに触れている。それぞれの章については,読者が読みやすいように,病態の概念,治療の方針,レビュー・メタアナリシス・ガイドライン,薬物療法の選択と投与法,副作用への配慮,患者への説明で構成されている。薬物療法の選択法だけでなく,患者への説明法についても触れられているので現場で用いやすいことと思う。本書を読んでいただければ,ガイドラインにないリアル糖尿病に対する自信が高まることを確信している。
2022年9月
坂根 直樹
【文献】
1) Gambazza S:Evidence‒Based Medicine:Can We Trust the Evidence Informing Clinical Practice? J Allied Health 47:296‒299, 2018
2) Ritschel M, Kuske S, Gnass I, et al.:Assessment of patient‒reported outcomes after polytrauma‒instruments and methods:a systematic review.BMJ Open 11:e050168, 2021
3) Eddy DM:Clinical decision making:from theory to practice. Designing a practice policy. Standards, guidelines, and options. JAMA 263:3077, 1990
4) Nakayama T, Budgell B, Tsutani K:Confusion about the concept of clinical practice guidelines in Japan:on the way to a social consensus. Int J Qual Health Care 15:359‒360, 2003