はじめに

PICS（post－intensive care syndrome；集中治療後症候群）は，ICU（intensive care unit；集中治療室）を退室した患者に生じる身体的，精神的，認知的な機能障害を総称する概念であり，近年，世界的に注目を集めている．先進諸国においては人口動態の変化，特に高齢者の増加や疾病構造の変化が進行しており，敗血症や重症感染症など，集中治療が必要な患者が増加している．さらに，集中治療医学や医療技術の飛躍的な進展により短期的な死亡率は改善され，重篤な状態から回復する患者が増加しているが，その一方で，長期予後は依然として不良であり，退院後の生活の質に大きな影響を与えるPICS の問題が浮き彫りになっている．

PICS は，筋力低下や運動機能障害などの身体的な問題だけでなく，精神的な問題として不安やうつ病，さらには認知機能の低下を引き起こすことが知られている．また，PICS の影響は患者本人にとどまらず，家族にも及ぶことがあり，これをPICS－F（family）とよぶ．特に家族が精神的に不安定になるケースが多く，患者と同様に適切なサポートが求められている．さらに，小児の集中治療後に生じるPICS－p（pediatric）も近年の研究において重要視されており，特に発達途上にある子どもに対する長期的な影響が懸念されている．

本特集ではこれらのPICS，PICS－F，PICS－pに焦点を当て，その病態や診断，リハビリテーションに関する最新の知見を紹介している．また，長期予後の改善に向けた予防策や，患者・家族に対する包括的なケアの必要性についても議論している．今後の集中治療における新たな課題と展望を探りながら，臨床現場での実践に役立つ情報を提供し，医療従事者がより深い理解をもって取り組めるような内容となっている．本特集を通じて，PICS の課題を再認識し，集中治療後の患者およびその家族に対する支援体制の強化につながることを期待する．

井上茂亮
Shigeaki INOUE
和歌山県立医科大学医学部救急集中治療医学講座