監修のことば
「地域医療の崩壊」が問題視されて数年が経過した。医師派遣という形で,これまで地域の医療を担ってきた大学医学部が,臓器別診療や新しい研修医制度の導入という制度改革の結果,地域の需要に応じることができなくなってきている。
大学医学部の使命の一つが,研究や診療の面で,最先端医療の発展に寄与することであるのは言うまでもない。そのため,「臓器や疾患を極める」ことを重要視する人材育成が行われてきた。しかしながら,一般病院の診療現場では,プライマリ・ケアのできる幅広い知識を兼ね備えた内科・外科の専門医を必要としている。
教育面においても,大学のみならず,地域中核病院での臨床研修や教育が重んじられるようになってきた。マッチングという開かれた競争が始まり,医師育成の場として高い評価を受けた病院に,研修医や若き医師が集中している。すなわち,大学中心に医学教育を行っていた時代から,大学と一般病院との連携の上での教育へとシフトしようとしている。しかしながら,現実には,医師育成に必要な教育者の人的資源が限られている。
このような混とんとした医療体制の中で,最も不幸な状況にあるのは,患者かもしれない。地域完結型診療体制の整備と教育施設としての地域中核病院を確立するため,大分大学では,2010 年に県の支援のもと,地域医療学センターを設立し,外科分野教授として本書の編者である白石憲男教授を選任した。
日常生活において頻度の高い外科系外来のcommon disease に対する診療の手助けになる書物を出版したいという白石憲男教授の呼びかけに,大分県内の勤務医たちが賛同し,本書『ひとりでこなす 外科系外来処置ガイド』の出版が実現した。すべての執筆者は,卒後10 〜25 年になる勤務医であり,いずれの項にも臨場感が感じられる。本書が,日常診療に携わっている外科系医師のみならず,多くのレジデントやプライマリ・ケアに携わっている若き内科医たちの診療の手助けとなり,外科系外来診療や教育活動に役立てていただけるものと確信している。
最後に,このような書物を出版していただいたメジカルビュー社編集部の吉田富生氏と宮澤進氏に心から感謝したい。
平成25年 4月
北野 正剛
序
近年,地域の中核病院の院長先生から 「若い医師は,自分の専門領域の患者はよく診るものの,当直業務で専門外のcommon diseaseを診ようとしない」 とか,「 当直医の専門外の疾患だという理由で他の病院に患者を送る」 というようなお叱りを受ける。若い医師たちも,一生懸命,よき医療人になるために臨床修練を積み重ねているものの,医療を取り巻く社会環境や医学教育システムの改革の過渡期のため,混乱が生じているように思われる。
最近の傾向として,大学では, 「臓器や疾患を極める」 臓器別専門医の育成に主眼がおかれており,プライマリ・ケアに関する教育は軽視されがちである。このような事態を改善するため,新しい研修医制度が始まった。それゆえ,研修医の中には,プライマリ・ケアの対象疾患から専門的な知識を必要とする疾患まで,ひととおり学ぶことができる一般病院での研修を希望する者が増加している。残念なことに,現行の初期研修医のカリキュラムには,外科研修は必須科目ではなく選択科目の1つとなっている。これでは,いわゆる外科系common diseaseの疾患に対する診療を希望して訪れた外科系外来患者に適切なケアや処置を施すことができるのか,少し不安になってしまう。
外科系疾患のプライマリ・ケア/処置に関する書物として, 「マイナーエマージェンシー(医歯薬出版)」 という優れた訳本が出版されている。しかしながら,医療事情を異にするため,治療方針等が異なっている場合も散見される。そこで今回,日本の医療事情に合致した書物で,外科医のみならずレジデントやプライマリ・ケアに携わるすべての医師に向けた日本版「 マイナーエマージェンシー」 のような,わかりやすい書物『 ひとりでこなす 外科系外来処置ガイド』 を出版することとした。本趣旨に賛同し,執筆していただいた大分県の勤務外科医たちに,心から感謝申し上げたい。執筆に際し,現場の10年以上の勤務経験の中から体得したものや,現在あるエビデンスにもふれていただくこととした。行間に患者への篤い思いを感じていただければ幸いである。本書のコンセプトは「 後輩に語るように!」 ということである。本書が,外科系医師のみならず,内科系の若き先生たちにもお役にたつことを祈願している。一方,ご専門の先生方には,ものたりないところがあるかもしれないが,ご容赦いただきたいとお願いするしだいである。
最後に,本書の出版に際し,ご監修いただいた大分大学長の北野正剛先生,ならびにこのような企画に賛同いただき,出版していただいたメジカルビュー社編集部の吉田富生氏,宮澤進氏,ならびに著者や出版社との連絡業務にご協力いただいた大分大学消化器外科医師 平塚孝宏先生と地域医療学センター助教 上田貴威先生,秘書の佐藤未希さんと古田さやかさんに心から感謝いたします。
平成25年 4月
編者 白石 憲男
推薦のことば
この度,本書の編者である大分大学医学部付属地域医療学センター(外科分野)教授の白石憲男先生から,本書『ひとりでこなす 外科系外来処置ガイド』を出版する運びになったことを聞き,大変,喜んでいます。また,この書物が,大分県の病院に勤務している外科医師77 名で執筆された書物であることを知り,感銘を受けました。
本書を読ませていただき,本書は外科系医師のみならず,地域の病院や医院でプライマリ・ケアを実践している若き医師や研修医の方々にも,ぜひ一読いただきたい一冊だと思います。外来処置を必要とする52 個の外科系common diseaseと入院加療を考慮しなければならない20 個の疾患について,簡便にわかりやすく記載されています。これらの疾患は,市中病院での日常診療や当直業務などでお目にかかる頻度の高い疾患です。それぞれの疾患に対して,「疾患の概念および定義」 「病態」 「治療のための疾患分類」 「処置法」 「処置後の対応」が簡潔に記載され,短時間で病態と処置法が確認できるように工夫されています。また,多くの図が示されており,内科の専攻である私にとりましても極めて理解しやすいものとなっています。さらに,「知っておきたいこと」 「専門医紹介のタイミング」は,プライマリ・ケアを実践している若い医師や研修医の方々にとって,診療の心強い一助となることでしょう。
近年,全国的に医師不足や医師の偏在などが問題となっております。このような時代背景の中で,専門医の育成とともに,幅広い知識と技術を持った医師の育成が重要です。これまで,このような医師の育成は,主に臨床の現場の経験に基づいて行われてきました。本書に記載されています「知ってほしいデータ」は,外来処置を必要とするcommon disease に対しても,EBM を実践したいという編者や著者らの志を感じます。
このように,本書『ひとりでこなす 外科系外来処置ガイド』は,外来処置法の習得を必要とし,外科系common disease を学びたいと考えている若き医師や研修医,さらには日常診療している開業医の先生方に,ぜひ一読していただきたい書物であると確信し,推薦したいと存じます。
平成25年 4月
大分大学医学部地域医療学センター(内科分野)
大分大学医学部附属病院 総合内科・総合診療科
教授 宮﨑 英士