序
小児科診療において,正確な診断と的確な治療が大原則であることはいうまでもない.この的確な治療にあっては,輸液療法,抗菌薬療法,ステロイド療法が三本柱である.いかに切れ味のよい治療が達成可能かはこれらの三療法に精通しているかによる.中でも,ステロイド療法は伝家の宝刀である.とっておきの切り札だが,使い方を誤ると自らが怪我をしてしまう.そうかといって,副作用を恐れて臆病になるのも困ったものである.ステロイド薬の特性を知った上で,大上段に構えて相対する病態に一撃を加えてほしい.
ステロイド療法を扱った図書は数多くあるが,小児科領域に特化した参考書は見当たらない.本書は「小児科ステロイドの使い方・止め方・続け方」と題して,小児科領域に関わるあらゆる疾患におけるステロイド療法を幅広くカバーした現在唯一の参考書である.本書で取り上げた疾患すべてが,ステロイド療法の適応というわけではない.むしろ,ステロイド薬を使用しないほうがよいと論述している疾患項目もある.指南書として,必ずやお役に立てるものと確信をしている.
本書を企画する中で,たまたま病棟医から寄せられた質問が気になった.経口プレドニゾロン薬10mgと水溶性プレドニゾロン薬10mgはともに等力価なのだから効果も同じはずなのに,どうして経口プレドニゾロン薬を優先して使用するのかがわからない,という内容であった.なるほど説明するとなると,なかなかの難問である.実際にリウマチ膠原病診療では,同じ力価であっても,経口投与のほうが静脈投与よりも効果がある.成書には静脈投与をする場合,経口投与量の1.5~2倍に増量(2分割で)したほうがよいとされている.
ステロイドの基本骨格はシクロペンタノヒドロフェナントレン環であり,脂溶性で水に溶けにくい特性がある.コハク酸でエステル化して水溶性にしたのが,水溶性プレドニゾロン薬(プレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム)である.水溶性プレドニゾロン薬を静注すると,体内で加水分解されてプレドニゾロンとなって種々の作用を発揮する.どの程度の加水分解が起こって,遊離型プレドニゾロンに変化するのかは,個体差で異なる.血中濃度でみた薬物動態では,経口プレドニゾロン薬も水溶性プレドニゾロン薬も差異はないという報告が多く,用量依存性では説明できない.これらの報告では,平均滞留時間(mean residence time:MRT)について言及はされておらず,薬効を理解するには不十分であった.
そのような中で,体内での水溶性プレドニゾロン薬静注後のプレドニゾロンとしてのMRTは,経口プレドニゾロン薬のMRTの49%であり,血中からの消失が速く,体内を通過するのに要する時間が短いことを報告している論文に出会った.これは,静脈投与量を増量する考えを支持するものである.また,経口ステロイド薬投与では,腸で自然抗体や自己抗体を産生するB-1 B細胞に作用することが優れた治療効果に関係しているという推論もある.
併せて,ステロイド薬の抗炎症効果はコルチゾール血中濃度で1μg/mL(プレドニゾロン10mg/日相当)で得られ,免疫抑制効果はコルチゾール血中濃度で2.6μg/mL(プレドニゾロン25~30mg/日相当)で得られる.ステロイド投与量を,抗炎症と抗免疫作用を分けて考えることが大切である.
先の質問は,投与するステロイド薬,投与方法,投与量,剤形の違いで,生理学的,薬理学的作用も変わり,結局のところ臨床効果を左右する範例として取り上げてみた.なかなか,ステロイド療法は奥深く,科学的に説明したくとも経験則が優先される不可思議なところがある.とはいっても,常に合理的に病態生理に沿って,ステロイド療法を行う上での心構えとしてご参考になればと思う次第である.
多忙にもかかわらず,本書の企画に賛同していただきご執筆下さった,斯界のエキスパートの先生方に深謝をいたします.また出版にあたりまして,文光堂編集企画部の佐藤真二氏,臼井綾子氏のご協力をいただいたことに感謝をいたします.
2019年1月
稲毛 康司