発刊にあたって
この度、「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き2018年版」が、関係者のご協力により発刊できたことに深く感謝いたします。また、前版の「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」の発刊が2010年でしたので、今回の改訂までに8年を要したことについてお詫び申し上げます。
さて、この期間、終末期がん患者に対する苦痛緩和のための鎮静に関しては、そもそもの定義や安楽死との区別において混乱がみられました。また、医療者のみならず一般市民の方々においても、十分に統一されていない考え方や捉え方がなされてきたと考えています。
このような状況を踏まえ、今回の手引きにおいては、苦痛緩和のための鎮静を「治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として、鎮静薬を投与すること」とシンプルに定義しました。また、持続的鎮静においては、これまでのように「浅い/深い」と分類するのではなく、主に苦痛の程度を指標として鎮静レベルを調整する「調節型鎮静(proportional sedation)」と、十分な意識レベルの低下を指標とする「持続的深い鎮静(continuous deep sedation)」を、持続的鎮静の分類に導入しました。このことにより、これまで鎮静における意識レベルの低下を「(手段としての)意図」として取り扱うのか、「(予見される)結果」として取り扱うのかで、混乱をきたしていた定義を整理することができたのではないかと考えています。
また、今回の改訂では、タイトルを「ガイドライン」から「手引き」に変更しております。その理由は、第一に作成の基となる苦痛緩和のための鎮静に関するエビデンスの乏しさから、臨床疑問→系統的文献レビュー→推奨というような、通常の診療ガイドライン(Minds 診療ガイドライン作成の手引き2007および2014準拠)の体裁をとることが難しいと判断したこと、第二に現場でより役に立つものにしたいと考えると「手引き(practical guide)」として発刊することがより妥当であると考えたこと、であります。「ガイドライン」から「手引き」にタイトルが変更されることにより、記載されている内容の質が低下しているように感じられるかもしれません。しかしながら、私たちは「手引き」としたことで、現在も議論が続けられていて結論が出ていない事柄を併せて記載することができ、答えがないような臨床疑問に対して現場でいかに考えればよいのかについて、より詳しく記載できるようになり、よりその内容を充実させることができたと考えております。
そして、苦痛緩和のための鎮静の実施にあたっては、鎮静の具体的な方法もさることながら、鎮静を必要とする苦痛が治療抵抗性の苦痛であることの判断が最も重要であると考え、その考え方の手順を充実させました。治療抵抗性の苦痛の判断は、その現場や施設、地域の状況に左右されると考えられますので、それぞれのチームにおける検討の基準として参考にしていただけたらと思います。
日本緩和医療学会およびガイドライン統括委員会として皆様に伝えたいメッセージは以下のとおりです。
1) 終末期がん患者には、さまざまな症状マネジメントを行っても治療抵抗性の苦痛が出現することがある。
2) 他に手段がないときに鎮静薬を投与して苦痛緩和をはかろうとすることは、医学的、倫理的、法的に正しい行為である。
3) 鎮静の施行にあたっては、患者の意思の尊重、ならびにチームでの意思決定が重要である。
当然のことながら、この手引きを利用すれば、すべての医療行為が理想的に行えるわけではありません。手引きだけに縛られず、それぞれの現場において議論を重ね、患者にとっての最善を追求しようと努力し続ける態度こそが、皆様に示したい大きな柱であることもお伝えしたいと思います。
この手引きが、人生の最終段階に寄り添う現場において、医療行為を規制するものではなく支援するものとなるように願いつつ、皆様に公開いたします。終末期における鎮静の課題は、医療者だけで議論するものではなく、患者、家族、そして市民の皆様方とも共通の課題として、考えていかなければならないものと認識しております。この手引きの発刊が、「人生の最終段階において治療抵抗性の苦痛をどう緩和するか」について自分のこととして考え、議論するきっかけとなるのであれば、日本緩和医療学会ならびにガイドライン統括委員会として最大の喜びであります。
2018年9月
特定非営利活動法人 日本緩和医療学会
理事長 木澤 義之