はじめに
研究を行う科学者や臨床医にとって,論文を査読のある国際的な科学ジャーナルに英語で掲載することはたいへん重要なことです.この本は,①英語が母国語ではない,②日本語でも英語でも,論文の書き方の基本的な技術について正式な訓練を受けていない,③そしておそらく,適切な研究テーマを独自に見つけ,それに答えるために研究を実施する方法について正式な訓練を受けていない,という方に向けて書かれました.本書を読むことで(残念ながら訓練を受けたネイティブ・スピーカー・レベルの英語を書けるようにはなりませんが),科学英語論文をアクセプトに導く技を学ぶことができます.また,論文の執筆はもちろん,執筆に欠かせない文献リサーチ,研究テーマの設定,投稿先へのカバーレターの作成について,テンプレートを使って楽に自信をもって行えることをめざしています.
本書は,30年以上にわたり科学英語論文2,000本以上を監修し,査読のある国際ジャーナルでの採用率が90 %以上にのぼるポール・ラングマン(Paul Langman, Ph.D.)が考案したものです.長年日本の大学で教え,ワークショップで指導し,プロのメディカル・ライターおよび編集者として科学論文を執筆・監修したことにより,日本の研究者がほぼ共通してつまずく2つの点に気がつきました.1つ目は,国際的なジャーナルの定石といってよい論文の書き方そのものです.これは論文を書くうえでの考えのまとめ方,論点の組み立て方,そして英語の論理的書き方などを含みます.2つ目は,論文が出版されるまでのプロセス(投稿,査読,改訂など)の知識とそれに基づく効果的な戦略です.優れたアイディアや注目すべき知見があっても,これら2点への考慮が足りないと,執筆の時間,労力,機会を無駄にしかねません.
そこで,本書ではまず論文の執筆と出版プロセスを俯瞰することから始めます.アクセプトされるためにはどのようなステップがあり,何に気をつけるべきかを理解したうえで,最初の文献リサーチから査読者の提案に沿った改訂版がアクセプトされるまで,各過程の要所を押さえて進みましょう.
文献リサーチ,論文執筆,そして投稿先へのカバーレターの作成は,テンプレートを使って行います.Template Iの「文献を批判的に読むためのテンプレート」では,質問に答える形で参考文献を調査し,重要な情報を抽出し,そこからまだ研究されていない価値あるテーマを見出したり,研究分野における自分の研究の重要性を把握したりできます.また,先行研究がどのように書かれているか分析しながら読むことによって,内容の把握だけでなく,国際誌に出版された論文の書き方自体をも同時に学ぶことができます.続いて論文を執筆する段階にきたら,Template IIの「科学英語論文のマスター・テンプレート」を使います.この問いに答えることにより,自動的に論文の草稿ができあがります.同僚の意見を聞いて草稿を補強し,論文が書き上がったら,必ず「投稿前チェックリスト」を使ってジャーナルの指示どおり適切に作成されているかどうかを確認します. Template IIIの「編集長宛の手紙」シリーズでは,編集長や査読者とのさまざまなやりとり(投稿時のカバーレター,査読者のコメントに対する返答や質問,期日延長願い,迅速な評価願い,改訂版の再投稿時のカバーレターなど)に必要な書類を,プロフェッショナルなレベルで作成することができます.これらのテンプレートと論文執筆に役立つチェックリストはウェブからダウンロードできるほか,テンプレートの詳しい使い方が別冊にまとまっており,紙面と画面を同時に活用して論文と手紙を迷うことなく作成できるようになっています.最後にネイティブ・スピーカーの科学者に論文と編集長宛の手紙を校正してもらってからジャーナルに投稿しましょう.
なお,本書の専門用語の翻訳においては,科学用語を生理学者の後藤秀機先生に,統計学についてを十文字女子大学助教授の菅原沙恵子先生に助けていただきました.特にラングマンの盟友の後藤秀機先生には,科学用語に限らず丁寧に原稿全般を校閲していただき,多くの貴重なアドバイスをいただいたことに心から感謝いたします.また,日本のGIST(消化管間質腫瘍)研究を牽引されてきた西田俊朗先生は,論文の一部分を第20章でお手本として使わせていただくことを,快くご承諾くださいました.3人の先生に,ここに厚くお礼申し上げます.
また,本書が日本の研究者の役に立つであろうことを原稿を一読してご理解くださった羊土社編集部の早河輝幸氏,そして,卓越した校正で原稿を向上させてくださった中川由香氏に深く感謝いたします.出版を見ずして逝ったラングマンが見たら大喜びしたに違いない素晴らしいレイアウトをデザインし,テンプレートやチェックリストを読者が使いやすいようにつくりあげてくださいました(ポール・ラングマンは本書を執筆した後,出版を見届けることなく2019年に逝去いたしました).
この本は,科学についていかに考え,どのように書くかを伝授くださった素晴らしい恩師たちに敬意を表しながら,日本の科学界に少しでも貢献できたらと執筆したものです.論文執筆を前に立ちすくんでいる若い研究者はもちろん,指導する立場の研究者にもこの本を活用いただき,次世代の研究者が早い時期に国際的な研究者社会で活躍できるようになれば幸いです.
2022年2月
著者を代表して 今村友紀子