序文

「リンパ浮腫をどげんかせんといかん!」

これが私たちの長年のスローガンです。15年以上前に東京大学医学部附属病院でリンパ浮腫に出会い,以来むくみの診療に携わっていますが,その中で今でも感じるのは,むくみ診療の地域格差です。診断や外科治療を行う医師も,保存療法を担うセラピストも,まだまだ数が少なく,そのような医療者がいない地域もあり,逆に数少ないリンパ浮腫外来はどこも患者さんでいっぱいで,受診するために数カ月待ちとなっています。むくみに悩む全国の患者さんによくなってもらいたい。そのために,私たちがこれまでに得てきた知識や経験を全国のみなさんと共有したい。そう思って,この本を書きました。

むくみ診療では,圧迫療法の技術や手術の手技も大事ですが,一番大事なのは「チーム医療」です。よく聞く言葉ですが,実際やってみると,かなり大変です。熱意をもった多職種のスタッフがいること,その熱意がぶつからずにチームとして機能することが必要です。チーム医療では,それぞれが相手の立場になって考えることが大切だと思います。そのために,お互いが行っている治療内容も最低限知っておく必要があります。その参考になればと思い,私たちが何を考えて,どう準備して,どんな治療をしてきたかをこの本にまとめました。

リンパ浮腫チームを作っていく中で,はじめはどうやって職種間の壁を越えればよいのか,悩ましいこともありました。職種によって,考え方,理念,文化,言語まで違うと感じました。そんなある日,テレビを見ていると,若い女性の写真家ヨシダナギさんが,アフリカ少数民族の中に文字通り裸で入っていって,彼らに受け入れられ,彼らののびのびとした自然体の姿を写真に収めていく場面が映し出されていました。それぞれの文化の中で身に付けてきた鎧を脱ぎ捨てる爽快感,裸の付き合いの向こうにある不思議な一体感のようなものがあるように感じました。言葉も通じないのに,です。私たちがチームを作っていく過程も,こんな感じになればいいな,と漠然と思いました。

本書のカバー・表紙は,ヨシダナギさんが撮影された,アフリカの少数民族「スリ族」の写真です。スリ族の子どもたちが,初めて接する文化に目をきらきらさせているさまは,私たちが初めて透明できれいなリンパ管を見て強い興味を惹かれた時の目に似ているかもしれないと思いました。そして,思い思いのおしゃれをして,自由に着飾っているけれど,どこか統一感があって,ヒーローのようにかっこいい。むくみ診療におけるチームも,こんな風だったらよいなと思います。さらに,カバー・表紙の虹色は,多様性を表しています。ヨシダナギさん,マネージャーのキミノマサノリさん,そして私たちの思いをくみ取って素敵な表紙に仕上げてくださったデザイナーの杉山浩之さん,どうもありがとうございました。

リンパ浮腫やリンパ管についてはわかっていないことも,一方で先人たちの絶え間ない努力の賜物として,わかっていることもとても多いです。とてもではないけれど,1冊の中には書き切れません。ということでこの本は,実際にむくみ診療を行ううえで「知っておくと便利なこと」を中心に構成することにしました。詳細なリンパ管の解剖や生理学,エコー検査の原理や複雑な機能などについては,諸先生方の成書に譲らせていただきます。もっというならば,むくみ診療に必要な知識の中でも,私たちの積み重ねてきたデータや経験が多分に反映された構成になっており,これまでの教科書には載っていなかったような知識を盛り込むことを最優先としました。巨人の肩の上に立たせていただいていることを,とてもありがたく思い,存分に甘えさせていただきます。

本書が,多くのみなさまがむくみ診療を行う中でのヒント,チームを作る中でのヒントになってほしいですし,むくみ診療を愛するすべての方々がともに語り合うための土台の1つになれればと願っています。形成外科だけでなく,いろいろな科の先生方,看護師,理学療法士など,むくみ診療にかかわる多くの方に届いてほしいです。そしてその先にいる,むくみに困っている全国の患者さんが今より少しでも元気になってくれれば,とても嬉しく思います。

最後になりますが,とっちらかった私たちの思いに根気強くお付き合いいただき,きれいで読みやすい本に仕上げてくださった克誠堂出版の堀江拓さん,栗田春子さん,どうもありがとうございました。この場をお借りして,深く深く感謝を申し上げます。

2022年4月

三原 誠,原 尚子