はじめに
私の勤務している関東中央病院は,設立当初より,各科が非常に強い連帯感で結ばれてきました.自分の詳しくない疾患は他科の意見も互いに直接聞き合ったものでした.眼科,泌尿器科,整形外科はもちろん耳鼻咽喉科の医師とも疾患について論議したり,わからなければ診察に加わらせてもらったり,手術にも入らせてもらったりもしました.また,私の前の皮膚科部長であった故・西脇宗一先生は「診療中,皮膚だけでなく眼の中,口の中などすべての穴は診るものだ」と私たちに常々言っておられましたので,おかげで私たちもそうする癖を身につけることができました.その後,当院の診療状況が変わり,耳鼻咽喉科が手不足になったことで,口唇・口腔病変がしばしば皮膚科へ紹介されてきたため,さまざまな疾患を経験することができ,その際に撮ったスライドも少しずつ蓄積されていきました.
そのようなおり,日本大学医学部皮膚科元教授の鈴木啓之先生と,小太郎漢方製薬株式会社の協力があり,学術大会で何かしゃべってみないかとのお声が掛かりましたので,この口腔粘膜の病変について話してみようと思いました.第1回目は,第70回日本皮膚科学会東京支部学術大会イブニングセミナー(2007年2月)で「口の中を覗いてみよう! 口腔粘膜病変からわかること」と題して,口腔粘膜所見を中心にまとめました.第2回目は,第72回日本皮膚科学会東京支部学術大会モーニングセミナー(2009年2月)で,「口は眼よりも物をいう!?」と題し,口腔内のみならず,口の周りの疾患も含めてお話し,このなかで全身疾患の一症状としての口腔内病変も挙げました.これらの発表をきっかけに,口腔粘膜病変について手持ちのスライドを集め,整理し,自分でもかなり勉強することができました.
さらに,学研メディカル秀潤社からアトラスを作る企画をいただきましたので,学会でお話しした内容を中心にまとめてみることにいたしました.作るからには,できるだけ自分の経験した症例のみを集めてみようとしましたので,大原國章先生からお借りしたメラノーマ以外はすべて関東中央病院の皮膚科で経験した疾患・症例です.
内容は,日常診療でちょっと診たけれど何かわからない場合や,患者さんから少し聞かれたけれど何かわからないときにみてみるのに適したものにしたく,他の疾患の症状の一つとして現れていて,それをきっかけに確定診断に至るなど,知っていると便利な粘膜の病変を集めました.このアトラスの特徴は,同じ写真をくり返しあちこちに出してあることです.一つの臨床像でもいくつかの粘膜疹が共存している場合があるからです.また,同じ疾患の粘膜所見はできるだけたくさん提示しました.一疾患でも症状の軽い・重いなどさまざまな所見があるからです.さらに,眼にはみえないけれど患者さんが苦痛を訴える舌痛症についても少々触れました.患者さんの悩みは深いところに根ざしている場合もあるものです.むずかしい疾患や稀な病変はほとんどありません.本当に日常遭遇する疾患ばかりを集めました.まずは手元に置いて,患者さんの口の中を覗き込むときの参考にしていただいたり,休憩時間にペラペラ眺めていただければ幸いです.
元来私がずぼらな性格であったこと,本というものをどのように書き,進めていくなどまったくわからなかったことで長く放置していましたが,元同社勤務の川口晃太朗氏の声掛かりがあったことに加え,宇喜多具家氏,松塚 愛氏の激励によって取り掛かることができました.とくに松塚氏の多大なる協力には心から御礼申し上げます.
2018年4月
関東中央病院 皮膚科 日野治子