序文
今年も「最新主要文献とガイドラインでみる麻酔科学レビュー2023」をお届けするに至りました.原則として,2021年8月〜2022年11月までの1年間に,国内外で発表された主要文献を,それぞれの領域における第一人者にpick upして解説いただいたものを「2023年度版」として発行しています.
本“序文”を書いている2023年3月の時点では,新型コロナウイルス感染症も落ち着いてきており,感染症分類の第5類への移行も検討され,学術集会もハイブリッドあるいは現地開催が多くなってきています.このまま,以前のような対面で活発な議論が出来る学術集会が復活してもらいたいものです.
さて,今回の項目に関しては昨年とほぼ同様ですが,執筆者を数名,若手のエキスパートと交替し,刷新を図りました.監修者が変更となってからの試みとして,ガイドラインが発表されている項目に関してはどんどん取り入れていただき,麻酔科医や集中治療医にとって日常臨床に有効活用できる内容と確信しております.
今回の内容をざっと振り返りますと,新型コロナウイルス感染症に関する話題はある程度落ち着いてきているように思います.一方で興味深い知見やガイドラインも紹介されています.小児の気道管理に超音波が利用されている点は興味深いですし(「麻酔前投薬と術前評価」),米国麻酔学会での気道確保法に関するガイドラインの改定も注目に値します(「麻酔と気道管理・確保」).ここでも小児期の気道管理に関して注意点が述べられています.世界に先駆けて新規静脈麻酔薬として本邦で臨床使用されるに至ったレミマゾラムですが,症例報告が多くRCT研究が少ないのは残念です(「静脈麻酔薬」,「麻酔と心機能」,「麻酔と肝機能」).超音波の活用による神経ブロックはどんどん進化しており,それは患者の安全と術後鎮痛にとって喜ばしいことです(「超音波診断と末梢神経ブロック」).新型コロナウイルス感染症は世界的にも落ち着いてきているとはいえ,このパンデミックによる輸血の供給量不足はまだ尾を引いているようです(「輸血と輸液」).輸血に代わる代替療法ならびに大量出血時における適正な輸血方法が検討されるべきと思います(「宗教的輸血拒否」,「危機的出血への対応」,「自己血輸血」).我々の麻酔管理はときに飛行機の操縦に例えられることがあります.運航にあたってのマニュアルほとんどが“安全管理”であることを考えると,麻酔に関するインシデントの多くがヒューマンエラーであることが分かります(「手術室危機管理・安全対策」,「WHO安全な手術のためのガイドライン」).安全管理は講習会等では比較的人気のないテーマですが,極めて重要な課題であるとあらためて認識させられます.超高齢化が本邦をはじめとして世界的にも問題となっています.手術を受ける患者が早期離床し,社会復帰をするための研究が急がれます(「高齢者麻酔」).産科麻酔にまつわるエビデンスも多く発表されてきており,我々麻酔科医はブラッシュアップされるエビデンスに精通する必要があります(「産科麻酔」,「産科危機的出血への対応ガイドライン」).脳外科領域における覚醒下手術では頭皮神経ブロックが必須の鎮痛法ですが,通常の開頭術においてもその有用性が議論されている点も興味深いです(「脳外科の麻酔」).救急領域においても最近次々にガイドラインが発表されてきており,知識としても習得すべき項目と思われます(「麻酔科医と救急医療」).最後に,今回は日本麻酔科学会の機関誌Journal of Anesthesia誌の編集長である天谷先生に「論文撤回(Retraction)」についてご執筆いただきました.是非,目を通していただきたいと思います.
今回も,この序文を書くためにゲラ原稿に目を通したわけですが,これら麻酔科領域における英文トピックスを自分で選択し,重み付けをして,さらに読み解くにはどれだけの時間と労力を必要とするかを考えると,少々高い医学書と思ったとしてもかなりお得な感じがします.事実,監修し,執筆者達のゲラ原稿を読んでいるだけでも知識の整理ができて充実した気持ちになりました.ここから新たな臨床研究や基礎研究のヒントを得るのも一考かと思います.
本著は,専門医はもちろん,これから専門医を目指す麻酔科専攻医,あるいは麻酔科領域に興味のある医師が読者対象になります.麻酔科診療に携わる多くの先生方がこの本を手にし,是非ご一読いただき,目の前にいる患者さんに役立つことができれば,監修者として望外の喜びです.
2023年5月
監修
山蔭 道明
廣田 和美