誰も考えようとしなかった癌の医療経済

  • ページ数 : 240頁
  • 書籍発行日 : 2023年7月
  • 電子版発売日 : 2023年6月22日
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商品情報

内容

m3.com連載「Cost, Value and Value trials」を書籍化

医師にとっては「医療経済」という言葉を縁遠いものと感じるかもしれない.実際,薬価がいくら高額になっても医師の給与に影響せず,患者にすら影響は少ない.しかし「命のためなら無限にコストを注ぎ込む」ことは結局のところ次世代の犠牲を強いることになる.m3.comの人気連載「Cost, Value and Value trials」を書籍化した本書では,医療の費用対効果分析やその問題点について詳説する.

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序文

はじめに


私は肺癌治療の専門家、ということになっていますが、実のところ肺癌に関する書籍を出したことはありません。医学系の出版社から出した本は、『誰も教えてくれなかった癌臨床試験の正しい解釈』(中外医学社、2011年)、『誰も教えてくれなかった癌臨床試験の正しい作法』(中外医学社、2016年)、『死にゆく患者(ひと)とどう話すか』(医学書院、2016年)などですが、それぞれ生物統計学・研究倫理・コミュニケーション論に関することで、臨床医の「素人芸」みたいなものです。

「素人芸」なのですから、「本職」の先生方を共著や監修の形で引き込んでいます。

そして、今回の本もまた医療経済に関する「素人芸」で、「本職」の専門家である田中司朗先生に無理をお願いして監修していただきました。どうしてこういう「素人芸」をわざわざ世の中に出すのか、について多少とも言訳をしておきたいと思います。

臨床医が患者さんを診るにあたって、いくつかの「必修項目」があります。それは例えば、生物統計で、我々は最近の流行り言葉を使えば「エビデンスに基づいて」治療を行なっていくのですが、その「エビデンス」なるものはいかにして生まれたのか、その根拠となるデータは適切に作られたのかを知らねば、誤った治療をしてしまうことになりかねません。加えて、私自身、臨床研究に携ってきました。

であれば、その方法論についての最低限の知識は必須で、全くの手ぶらで「本職」の生物統計家のおっしゃる通り、では、自分のアイデアを伝えることすらできません。また、何をやってもいいのかいけないのか、という基本的な事項を倫理の専門家に一任して後は知らん顔、ではさすがにまずいでしょう。

また一方、癌を専門とする以上(そうでなくても、ですが)、患者さんは一定の割合で亡くなります。私自身、ターミナルケアが好きだという訳ではありませんが、自らが治療した患者さんの人生の終わりを見届け、不要な苦痛がないように取り計らうのは当然の義務だと考えています。その際、患者さんやご家族と「話」ができないと、それこそ話になりません。ですからコミュニケーションもまた「必修科目」なのです。

このような「必修科目」を、現代の医療は「専門科目」にしてしまって、一般の医者は「自分たちの仕事ではない」と専門家に丸投げしているのではないか、というのが私の抱く危機意識です。その結果、医学は、もしくは医療はどんどん断片化して、我々は人間を相手にするのではなくデータの切れっ端と悪戦苦闘しているように、私は思うのです。

そして今回の「素人芸」は、医療経済です。これこそ、臨床医が「自分たちには関係のないことで、考える必要はない、専門家に任せておくべきだ」と、ずっと忌避していた領域です。確かに、癌治療をはじめとして薬の値段は指数関数的に高くなり、医療費は天井知らずに上がっても、我々の給料に関係はしませんし、それどころか、高額療養費制度によって、患者さんの負担も変わりません。ならば我々は、今までと同じように、眼前の患者に全神経を集中すべきなのでしょうか? 「命は地球よりも重い」のだから、「金の話なんて、卑しいからするな」で済ませていればいいのでしょうか?私にはどうしてもそうとは思えません。我々が今、その費用を負担していないのだとすれば、いずれいつかどこかで誰かが必ずそのツケを払わねばなりません。どう考えても、それは我々の子や孫の世代です。まさか皆さん、「コストはいずれどこかに消えてくれる」などとお考えではないでしょう。「お金のこと」を考えられず、ただひたすら使いまくる人間は、社会ではロクデナシもしくはただの阿呆とみなされます。どうして我々だけがその例外でいられるのでしょう。「国がなんとかしてくれる」なんて、きょうび親の脛をかじるドラ息子でも言わないような能天気な台詞ではありませんか。

我々は、金のことを考えねばなりません。それを心配せねばなりません。そして、無駄を削らなければなりません。この「無駄」とは、国会議員の数を減らせなんて「他人の無駄」ではなく、我々自身の無駄です。そのためにも、何が無駄で何が必要かを知らねばなりません。「全部必要だ、みんな欲しい」なんて駄々っ子のようなことを言っている場合ではないのです。

本書は、2021年9月から2022年11月まで、医師向けポータルサイト「m3.com」に連載した“Cost, Value and Value trials”をまとめ、加筆修正したものです。この間に、私自身も所属する癌研究組織「日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)」では、2022年3月に医療経済評価小委員会が設立され、6月には第1回小委員会が開かれました。この第1回会議では、日本総合研究所主席研究員の西沢和彦先生に、日本の医療保険制度について講義していただきました。出席者からは「目から鱗」などと、非常に好評でしたが、喜んでいる場合ではありません。我々は皆、保険医療を行っているはずなのに、その仕組みや、現況について全く無知だったのです。どころか、我々は、「医療費」とは何を指すのか、すらもこの時教えていただいて初めて知った有様です。

道は遠く、もう間に合わないかもしれません。日本の保険医療は破綻寸前で、財政そのものが崩壊の一歩手前です。「一回潰れるまで分からないのだし、潰れたらみんな気がつくよ」などと達観したように「忠告」してくださる先輩もいますが、「潰れた」時に我々が困るのは自業自得として、次の世代・次の次の世代を巻き込むのは避けねばなりません。我々にも、そのくらいの責任感や倫理観はあるはずです。

本書をまとめるにあたり、多くの方にご協力いただきました。エムスリー株式会社の高橋直純さんと橋本佳子さん、および中外医学社の岩松さんと小川さん、そして桑山さんに厚く御礼申し上げます。また、この場を借りて、西沢和彦先生に改めて深く感謝いたします。

そして、ご多忙のところ監修としてこの「素人芸」をまとめるのにご指導いただいた京都大学大学院医学研究科臨床統計学講座特定教授の田中司朗先生、誠にありがとうございました。


2023年4月

日本赤十字社医療センター化学療法科
國頭英夫

目次

Chapter 1  医薬品の費用対効果分析 総論

“Value”を重視した治療開発のために医師が考えるべきこと

Chapter 2  Value評価の潮流 その1

効果が大きくない薬ほど、「大規模試験」で高い薬価に?

Chapter 3  Value評価の潮流 その2

新薬の“benefit”を定量的に評価するには

Chapter 4  Value trialsの概念

ほぼ同等:「まぁまぁこのくらいでいいんじゃない?」

Chapter 5  Low-dose abiraterone

「投与法の工夫で高額薬も4分の1の量で十分な効果」

Chapter 6  Low-dose abirateroneに賛否両論

「低用量」の研究を巡る大論争

Chapter 7  Low-dose EGFR-TKI

「通常量」は治療に必要な量よりも高く設定されてしまっている可能性も

Chapter 8  経口薬の問題点 その1

経口分子標的薬とコカ・コーラの相互作用

Chapter 9  経口薬の問題点 その2

良好なadherenceに相関する唯一の因子は「臨床医とのコミュニケーション」

Chapter 10 低用量治療の位置づけ

低用量治療研究はあくまでも「研究」である

Chapter 11 低用量治療「研究」の目指すもの

「個々の患者に合わせて」のスローガンを「単なる念仏」にしないための検証

Chapter 12 術後化学療法の治療期間 総論

「術後治療」の欠点:張り合いがなく無駄が多い

Chapter 13 術後化学療法の治療期間 大腸癌

「5年生存率で0.4%の差」に意味はあるのか?

Chapter 14 乳癌術後治療の投与期間

「やらなくてもいい治療をしないようにする」努力

Chapter 15 非小細胞肺癌に対する術前術後治療

術前治療なら「効果」を判定できる、有効例には術後治療不要?

Chapter 16 切除可能非小細胞肺癌に対する

“adjuvant value trial”デザイン回帰不連続デザインはランダム化試験の代わりになるか

Chapter 17 Real world benefit その1 症例選択規準の緩和

オリンピック選手しか参加できない研究?

Chapter 18 Real world benefit その2 観察研究での外的妥当性検討

RCTのデータだけではまだ「仮承認」止まり?

Chapter 19 分子標的薬の中止研究

「一生飲み続けねばならない」薬なのか?

Chapter 20 免疫療法剤の中止研究

日本の臨床研究の真価が問われる

Chapter 21 G-CSFのvalue trials

誰のための骨髄抑制対策

Chapter 22 バイオシミラー

やっぱり「大体同じ」でいいじゃない?

Chapter 23 価格と効果の乖離 その1

高い新薬には「それだけのこと」があるのか?

Chapter 24 価格と効果の乖離 その2

効果が高くても低くても値段は高い

Chapter 25 価格と効果の乖離 その3

モノに見合う適正な価格を目指して

Chapter 26 外部からの規制によるコスト削減

「お上」の介入は是か非か

Chapter 27 Desperation oncology

「失うものは何もない」と考えてしまうと

Chapter 28 Desperation oncology対策 その1

「希望」と「無益」の狭間で医者も患者も悩む

Chapter 29 Desperation oncology対策 その2

貧乏人のどケチ大作戦

Chapter 30 費用対効果分析の問題点 その1

「比較」だけでは全体像は見えない

Chapter 31 費用対効果分析の問題点 その2

みんな等しく同じ「1年」なのか

Chapter 32 費用対効果分析の問題点 その3

それでもやはり「進歩」は「進歩」ではないのか

Chapter 33 なぜにコストのことを考えるのか

経済なき道徳は寝言である

監修の言葉:財政健全化から価値の創出へ〈田中司朗〉

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書籍情報

  • ISBN:9784498148468
  • ページ数:240頁
  • 書籍発行日:2023年7月
  • 電子版発売日:2023年6月22日
  • 判:A5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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