序論
抗VEGF 剤治療全盛の時代となったが,網膜疾患に対するレーザー光凝固治療の意義は今なお重要で,眼科医として関与すべき基本的治療技術である。ただし治療適応に対する考え方の変遷や,短時間照射など凝固方法に対する考え方の変化,さらには新しいレーザー治療機器の登場により,網膜レーザー光凝固の知識をアップデートする目的で今回の特集を企画した。
閾値下凝固は黄斑部グリッド凝固の改良型である。グリッドレーザーの黄斑浮腫眼に対する主な作用機序は,網膜色素上皮細胞のポンプ機能を賦活化するphotostimulation である。糖尿病黄斑浮腫やBRVO 黄斑浮腫に対する治療に利用されてきたが,凝固斑の形成による組織障害が問題とされる。これに対して閾値下凝固は,従来のグリッドレーザー光凝固や,その改良型であるmodifiedETDRS 凝固とは異なり,凝固斑が見えない低侵襲の治療法である。閾値下凝固の方法として2 つあり,連続波であるレーザー光をオンオフで矩形波出力とするマイクロパルス閾値下凝固と,出力と照射時間を専用のアルゴリズムにより設定して短時間連続波で治療するエンドポイントマネージメント閾値下凝固が利用できる。現在黄斑浮腫治療の主流になっている抗VEGF 剤硝子体注射と併用する閾値下凝固の利用方法が紹介されている。
近年普及するようになったパターンレーザー光凝固は10〜30 ms の短時間凝固によって複数凝固斑を短時間で作成する。増殖糖尿病網膜症などに対する基本的治療である汎網膜レーザー光凝固治療の有効性は今も変わらないが,治療中の疼痛,治療に要する時間が長いこと,黄斑浮腫の発生などの欠点があった。従来のレーザー照射時間は100〜500 ms 程度であったが,その1/10 程度の10〜30 ms という短時間凝固で汎網膜レーザー光凝固治療を行うことができるパターンスキャンレーザーはこれらの欠点を改善する可能性をもった治療法である。個々の照射が短時間凝固であるために熱の発生が抑制され,凝固効果の周囲組織への拡散が抑制されることが利点になっている。ただし凝固斑の縮小により治療効果の減弱や周辺部網膜での凝固効果のムラなど,その治療上の特徴を理解して使用する必要があろう。
糖尿病網膜症に対するレーザー光凝固治療の第一の目的は失明に至る増殖糖尿病網膜症への進展予防とその沈静化である。しかし近年の診断技術の進歩による網膜症早期発見とレーザー光凝固治療法の進歩により,黄斑浮腫や視野狭窄を最小限にして,よりよい視機能を維持しつつ,この目標を達成することが求められるようになってきた。抗VEGF 剤やトリアムシノロンアセトニドなどの薬剤を併用するレーザー光凝固や無血管野に対する選択的レーザー光凝固などが病型や進行度に応じて選択される。
BRVO 黄斑浮腫に対して主流となっている抗VEGF 剤治療は即効性がありその効果は大きいが,持続性に欠けるために繰り返し治療を必要とする症例が多く,患者,医療者双方の負担となる。一方,従来行われていたグリッドレーザー光凝固は永続性を有するものの効果発現は遅く,凝固斑の拡大による黄斑部組織障害が欠点であった。そこで,毛細血管瘤の直接凝固や,凝固斑の拡大のないshort pulse レーザーによるグリッドレーザーを抗VEGF 剤治療と併用する治療法が紹介されている。
糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症以外のレーザー光凝固治療対象疾患として中心性漿液性脈絡網膜症(CSC),未熟児網膜症(ROP),網膜裂孔が比較的ポピュラーである。CSC に対しては光線力学的療法(PDT)が行われる傾向にあるが,明瞭な中心窩外漏出点を示す症例では,レーザー光凝固治療はいまだによい適応である。ROP に対しても抗VEGF 剤治療の効果が示されるようになってきたが,レーザー光凝固治療が基本的な治療であることは今も変わりがない。網膜剥離を伴っていない網膜裂孔は裂孔原性網膜剥離の原因になるが,どの程度の頻度で網膜剥離に至るかというデータが乏しく,またこれをレーザー光凝固治療した場合としなかった場合の網膜剥離発症頻度に関するエビデンスが乏しい。したがって予防治療適応に関しては低いレベルのエビデンスしかなく,経験や識者の提言に従った適応にならざるを得ない。あくまで予防治療であること,治療コスト,リスクと裂孔原性網膜剥離を発症した際の手術治療について説明して,インフォームド・コンセントを得て治療することになる。
レーザー光凝固治療の合併症のひとつに医原性視野障害がある。特に急性期の出血の多い時期に網膜静脈閉塞症に対してレーザー光凝固を行うと,出血の存在する網膜神経線維層でレーザーのエネルギーが吸収され,神経線維障害によって広範囲の傍中心絶対暗点を生じるので,避けるべきである。
Navilas Ⓡは,眼底写真上にマークした凝固プランに沿ってレーザー光凝固を行えるナビゲーションシステムレーザー光凝固装置である。眼底造影写真などをカラー眼底像に重ね合わせる機能と自動追尾装置を備えていて,毛細血管瘤の直接凝固や無血管野への選択凝固に威力を発揮する。細隙灯顕微鏡は使用せず,眼底カメラのモニター画面を見ながらレーザー光凝固を行い,治療後に撮影する眼底写真で治療効果を確認する。レーザー光凝固用コンタクトレンズの装着を行っての治療以外に,これなしでの治療も黄斑部領域の治療では可能である。
以上,最近のレーザー光凝固治療に関する新しい知見をアップデートするのに役立てば幸いである。
飯島 裕幸