透析についてほとんど何も知らない私が,歴史ある『臨牀透析』の企画をさせていただくというのは,青天の霹靂であった.
私は,がんの患者さんを診る「腫瘍内科医」である.腫瘍内科医のおもな仕事は,抗がん剤や分子標的治療薬やホルモン療法などの「がん薬物療法」を,適切に行うことである.すべての医療行為にリスクがあるが,がん薬物療法のリスクの程度は,一般的な医療行為や一般的な薬物療法よりも高いことが多い.それでもがん薬物療法を行うのは,リスクを上回るベネフィットが期待できるからである.しかし,期待したほどのベネフィットが得られず,リスクだけを患者さんに与えてしまうことも多く,腫瘍内科医の診療は,日々迷いと反省の連続である.診察室では,患者さんと治療目標を共有し,リスクとベネフィットのバランスを慎重に検討しながら,治療目標に近づくにはどうすべきか,ギリギリの判断をしていくことになる.
リスクとベネフィットがエビデンスに基づいて正確に予測できるのであれば苦労はないが,エビデンスはあくまでも統計学的な確率論である.確率的に,「最大多数の最大幸福」を目指せるとしても,「一人ひとりのその人なりの幸せ」を目指すためには,エビデンスに基づく医療(EBM)を超えた「Human―Based Medicine(HBM)」が必要である1).とくに,臨床試験の対象とはなりにくい「ハイリスクがん患者」では,エビデンスだけで治療方針を決めることは難しく,一人ひとりの病状や価値観に応じて,きめ細かい対応をしていくことが求められる.
「ハイリスクがん患者」という言葉は,虎の門病院の医師らが編集・執筆した「ハイリスクがん患者の化学療法ナビゲーター」がきっかけに広まったが,この本が,予想を超える多くの方に読まれたという事実は,「ハイリスクがん患者に対するがん薬物療法」に対する世の中の需要が高いことを物語っている.そして,この本において,もっとも多くのページが割かれているのが,「腎機能障害時の化学療法」と「血液透析中の化学療法」であった.このテーマこそが,「オンコネフロロジー」と呼ばれる学問の中心となるわけであるが,この本を発刊した当初の私たちは,まだその時代の動きを知らなかった.
腎臓内科と腫瘍内科.同じ内科でも,これまで,けっして近しい関係ではなかった.腫瘍内科医が,腎臓の悪性腫瘍をともに診るのは,腎臓内科医ではなく,泌尿器科医であり,腫瘍内科と腎臓内科が同じ疾患にともに向き合う機会はほとんどない.腫瘍内科からみると,この点は,呼吸器内科,消化器内科,血液内科とは大きく違う点である.接点の少なさといえば,循環器内科との関係と似ているかもしれない.ところが,遠い距離にあった腎臓内科と腫瘍内科,循環器内科と腫瘍内科が,近年,急速に接近し,その接点に,新たな学問領域が誕生した.前者が「オンコネフロロジー」,後者が「オンコカーディオロジー」である.
誕生間もないゆえ,言葉遣いにはちょっとした混乱があり,たとえば,「Onco―cardiology なのか,Cardio―oncology なのか」という議論がある.Onco―cardiology だと,cardiology に接頭辞のonco―を添えているので,cardiology が中心という印象があるが,これを「腫瘍循環器学」と和訳すると,先に来る「腫瘍」のほうが印象が強くなる.こんなことで主導権争いをするのもどうかと思う些末な議論ではあるが,Google で検索してみると,Onco―cardiology は約24 万件ヒットするのに対し,Cardio―oncology のほうは,約1,060 万件がヒットするので,後者に軍配が上がる.ところが,2018 年に設立された学会の名称は,「日本腫瘍循環器学会(The JapaneseOnco―Cardiology Society)」と,前者を採用している.語呂のよさであったり,使う人の好き嫌いであったりで,自由に使えばよいとも思うが,一部ではこだわりをもった議論がなされているようである.
では,「オンコネフロロジー」はどうか.Google 検索では,Onco―nephrology が約1,750 万件,Nephro―oncology が約14 万件と,前者が圧倒的に多く使われており,今回の本誌の特集でも「オンコネフロロジー」という表記が使われている.和訳は「腫瘍腎臓学」となるであろうか.言葉遣いにオンコカーディオロジーほどの混乱はなさそうであるが,学会設立の動きについては後れを取っている.今回の本誌の特集がきっかけとなって,「日本腫瘍腎臓学会」設立の機運が高まれば,と個人的には思っており,関係各位の活動に期待している.
今回,ネフロロジストの花房規男先生から,オンコロジストの私にお声掛けいただき,この企画が実現した.花房先生と私は,大学ボート部の先輩後輩の間柄であるが,卒後,最近までまったくご縁はなかった.ネフロロジーとオンコロジーが邂逅し「オンコネフロロジー」が誕生するという時代の流れの中で,このような形で先輩と再会を果たせたというのは,個人的にも感慨深いものがある.
企画には,虎の門病院臨床腫瘍科でオンコネフロロジーを担当している近藤千紘先生にも関わってもらい,実務面をリードしてもらった.また,ネフロロジーとオンコロジーの両領域の最前線で活躍されている先生方,そして,オンコネフロロジーという新たな学問領域を切り拓いている第一人者の先生方に原稿をご執筆いただいた.注目されているテーマとはいえ,新しい領域ゆえに,執筆は容易ではなかったと思うが,新しい時代の息吹が感じられる素晴らしい原稿を寄せていただいた.すべての執筆者と本誌の関係者に心より感謝申し上げたい.
このような歴史的な企画に立ち会えた幸せをかみしめつつ,オンコネフロロジーのさらなる発展を祈念して,筆をおきたい.
虎の門病院臨床腫瘍科
高野 利実