患者の発熱の原因がわからずに困っていると,カンファレンスで大先輩たちに,「穴はぜんぶ診たか?」と言われたことはないだろうか.ここでの「穴」とは,眼,耳,鼻,口~のど,尿路,外生殖器,肛門であるが,こういう部位は,つい検討を後回しにしがちであることを警告する教えなのだろう.皮膚も同様で,全身の皮膚を露出してもらうのがためらわれるし,運動器は,痛がっている患者にあれこれ無理な肢位を強いてX線を撮影するのが躊躇される.考えてみれば,皮膚と連続するこれら「外臓」のほうが,直接触れたり観察したりできない「内臓」よりも,観察を後回しにしがちだという現象は不思議である.その理由をあれこれ考えてみたが,結局は,所見が数字で得られる血液データや「スライス」画像検査以上に,自分自身の観察所見が重視されるこれらの臓器の診療に自信がもてないことが最大の原因だろう.
しかし,当然のことながら,外臓にも見逃せない重大な(critical)疾患,しばしば遭遇する頻度の高い(common)疾患,適切な時期に診断して治療を開始しないと遷延したり後遺症を残してしまう(curable)疾患,他者への伝染防止が必要となる(communicable)疾患はいろいろと存在する.「マイナー診療科」などと呼ばれた時期もあるが,内科も外科も細かい臓器別診療となった今,すべての臓器別診療科は「マイナー」であり,すべての「マイナー診療科」には「メジャーな」症候や疾患があるのである.
さて,現行の医師臨床研修制度は,10年以上の準備期間を経て2004年4月より実施され,研修修了者たちの臨床能力が旧制度に比べて大幅に改善したことが示されている.ただし,実は上記のような「外臓」疾患の診療能力に関しては,まだ大幅に改善の余地があることも明らかにされている.本書は,このような「外臓(ただし泌尿器については一部「内臓」も含まれる)」に関わる,医師ならば知っておきたい症候や疾患について,非専門医向けの視点からまとめた本である.執筆には,若手からベテランまで,ジェネラルな視点を併せもった各臓器のスペシャリストにお願いし,何度もジェネラリストである編者たちとやりとりをして,納得のいくまで推敲を重ねて頂いた,まさに自信作である.
最後にこの場をお借りして,これら「外臓」を専門になさっている診療科の先生方に御提案申しあげたい.臨床研修が内科,外科,救急,産婦人科,小児科,精神科,地域医療を必修(ないし選択必修)とし,その他を選択診療科としたことが,「外臓」に関する診療能力が期待ほど伸びていない理由だと思われるが,今後も,全診療科ローテート制となることはないであろう.診療を経験してもらえなければ,将来ご自身と同じ道へ進んでくれる若手医師が減る一方だとお嘆きの向きもおありではないか.とすれば,「診療科単位のローテート」という固定観念を捨て,総合外来,総合病棟,集中治療など,研修医(初期のみならず後期も)が幅広い臨床経験を積める「場」を構築し,そのような「場」に積極的に足を運んで,先生方のエクスパティーズを伝授して頂けないだろうか.これは,先生方の診療分野の魅力を彼らに見せる場ともなるし,たとえ先生方と異なる道に進む後輩でも,先生方の診療の良き理解者となってくれるのではないだろうか.
本書が,医学生や初期・後期研修医のトレーニングのみならず,各種「内臓」を専門とする医師の生涯学習の良き友となり,さらには「外臓」を専門とする医師が研修医の指導を行ううえでの参考書としても,お役に立つことを願う次第である.
平成24年 1月
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