序
肺癌における近年の診断と治療の進歩は目を見張るものがある.診断についてはドライバー変異が次々と見つかり遺伝子診断の重要性が強調されている.遺伝子診断は,薬と紐づけされているコンパニオン診断薬,有効性を示唆する補助診断薬(コンプリメンタリー診断薬)から最近では次世代シークエンサー(NGS)を用いた網羅的遺伝子解析,いわゆるクリニカルシークエンスの時代に突入しようとしている.さらに血液診断(liquid biopsy)が臨床導入されその検査侵襲の少なさから急速に広まっている.
肺癌の治療もここ数年で飛躍的な進歩を遂げている.外科治療で特筆すべきことはCT画像所見に基づき小型肺腺癌の術式が選択されつつある点である.すなわち腫瘍内のsolid結節のサイズがより予後を反映することが明らかになり,第8版のTNM分類ではsolid結節を基準としたT因子に変更になった.また,N2症例はsingle station からbulky N2まできわめてヘテロな集団であり,N2症例に対する最適な集学的治療については意見が分かれる.
放射線治療においては呼吸同調を併用した高精度放射線治療の技術の進歩が顕著であり,小型肺癌に対する外科治療との比較試験も行われている.
進行・再発非小細胞肺癌の薬物治療に関してはここ10年の原因遺伝子の同定と阻害薬の臨床導入などにより,いわゆる個別化治療,precision medicineが多くの施設で導入されており,半年に一度,薬物治療のガイドラインが改訂されるなど進歩が早い.EGFRあるいはALK陽性の肺癌に関しては,各々EGFR-TKI,ALK-TKIが複数承認され上市されている.また,最近,腺癌の1%に陽性であるROS1 rearrangementに対してもクリゾチニブが使用可能になった.さらには,BRAFの遺伝子異常も同定され,阻害薬が使用可能になっている.これら分子標的治療薬の登場により,Ⅳ期非小細胞肺癌の予後は飛躍的に改善した.一方,これら分子標的治療薬は1年前後で耐性になることが知られ,その耐性克服は臨床的に急務である.2年前にEGFR-TKIの約半数の耐性に関与するT790M遺伝子変異に対する特異的阻害薬である第3世代のEGFR-TKIであるオシメルチニブが登場し高い臨床的有用性を発揮している.しかし同薬も1年程度で耐性となりその後の治療については一定の見解がない.
2年ほど前から進行非小細胞肺癌に免疫チェックポイント阻害薬が承認され,2次治療(ニボルマブ,ペンブロリズマブ)で高い効果を示している.さらにはPD-L1強陽性例に対して1次治療でペンブロリズマブが使用可能となった.免疫チェックポイント阻害薬は2次治療での奏効率は20%前後だが長期生存例も多くみられ5 年生存率が16%と報告されている.今後は,PD-L1以外の効果予測因子の同定が待たれるとともに,従来の殺細胞性抗癌薬や分子標的治療薬ではみられなかった「免疫関連有害事象」の対応に対して,代謝内分泌科,消化器内科,皮膚科などの多科連携の重要性も強調されるようになってきた.
新しい血管新生阻害薬であるラムシルマブもドセタキセルとの併用2 次治療で使用可能となった.しかしながら,このような非小細胞肺癌に対する目覚ましい治療の進歩が見られるのに対して,小細胞肺癌に関する治療の進歩はいまだ乏しいのが現実である.
また,緩和ケアのより早期からの導入が患者予後とQOLの向上に寄与していることも強調したい.
最後に,昨今の抗悪性腫瘍薬はいずれも高額であり医療費の高騰が問題となってなり,その対応が議論されている.
今回『肺癌』を上梓するにあたり,上記のようなテーマに沿って詳細な解説を試みた.日本を代表するオピニオンリーダーの先生方に最新の肺癌診断,治療についてご執筆いただいた.本書がこれから呼吸器科医を目指す若手のみならず専門医にとっても有用であることを期待している.
2018年1月
髙橋 和久
順天堂大学大学院医学研究科呼吸器内科学