序
本書は「そうだったのか!」シリーズの1冊として,心エコー初心者向きのわかりやすい本,として企画されたものです.初心者のための心エコーの本は既に何冊も出版されており,素晴らしい本がたくさんあります.それを承知の上であえて本書を世に問うのですから,それなりの特色あるものをと考えました.
本書の主な読者としてこれから心エコーを始めようという方,あるいは心エコーを少し始めて基本的な計測だけはできるようになった方を想定しています.そのような読者の方が「筋目の良い」心エコー検査を行えるための指針となることを1つの目標としています.
「筋目の良い」心エコーとは何でしょうか.例えば左室収縮能を計測するのにMモードだけで満足せず,必要ならSimpson法で評価する.僧帽弁閉塞不全の重症度を1/4~4/4の到達度だけで評価せず,PISA法などで定量的に評価する.そういうエコー検査ができるように,初心者のときからトレーニングしてほしいと思っています.PISA法などは,あるいは中級者向けのテクニックで初心者には必要ないと思っている方もいらっしゃるかも知れません.しかし「到達度2/4」では僧帽弁閉鎖不全が臨床的に意味があるものかはわかりません.実際にはPISA法の原理は実に簡単で,手順を理解すれば計測は容易,結果は数値で得られるのでその評価に迷うことは少ないとなれば,何も初心者だからPISA法を覚えなくてよいという法はありません.
私がPISA法を勉強したとき,一番わかりにくかったのは「折り返し速度(Nyquist 速度)を変える」というところでした(第4章3,p.129参照).本を読んでも具体的にどの「つまみ」を回して調節するのかが,当初は全くわかりませんでした.本書ではPISA法をはじめ,できるだけ具体的な手順を記載するように心がけています.
心エコーの初心者であるということは,循環器病学についても初心者である可能性が高いと思います.心エコーはあくまで循環器疾患の診断のためのツールにすぎません.心エコー検査の結果は,病態の解釈につながってこそ価値があります.そのためには心エコーだけではなく,循環器病学の知識が必須です.本書には心力学や冠動脈造影についても,必要最小限ですが記載するようにしています.それらについて理解することで心エコーがよりわかりやすくなるとともに,心エコーが病態を解釈するためのツールであることを理解していただければと思っています.
残念ながら上記の特色を十分に発揮できたとは思いません.私の筆力の足りなさゆえに,初心者にとっては一読ではわかりにくいところもあるかもしれません.紙幅の関係で手順についても十分に説明しきれていないところもあるでしょう.これらにつきましては読者諸賢のご批判を待ちたいと思います.
最初に本書の原案を羊土社からいただいたのは,2011年のはじめの頃です.手始めに3月の日本循環器学会で打ち合わせをするはずでした.しかしその直前,2011年3月11日に東北地方を未曾有の大災害が襲ったのは周知のとおりであります.最初の打ち合わせも当然延期となり,まさに本書はその第一歩から前途多難でありました.その後も著者の筆の遅さに予定を大幅にオーバーし,まさに紆余曲折を経てついに上梓の運びとなったのでありました.その間じっと我慢いただいた羊土社編集部の鈴木美奈子様,溝井レナ様には大変感謝しております.また本書の症例はほぼすべてが桜橋渡辺病院での実際の症例ですが,これらはすべて上田技師長をはじめ同院検査科のスタッフのおかげです.
この小著が読者の皆様に心エコー,そして循環器病学に興味を持っていただくきっかけとなれば,著者にとっては最高の喜びです.
2012年10月
桜橋渡辺病院 心臓・血管センター センター長
岩倉克臣