はじめに
〜拡大内視鏡時代の消化管病理
教科書ですので,多少はそれっぽい文章を書いて始めようと思います.と,申し上げたばかりですが,本書は正直に申し上げますと,文章をウリにした本ではございません.マクロやミクロの所見をがんがん読みまくって,みなさんの五感に病理形態診断学を染み渡らせること.これが目標です.ですから,文章だけのページはさっさと終わらせるつもりです.
ただ,そんな本ではありますけれども,最初にご説明しておかなければいけないことが1 点だけあります.そのために,羊土社の担当編集者のスーさん(あだ名)とミーさん(あだ名)に無理を言って,本文とは別に,このページを確保していただきました.ご説明したいのはこの本の「特殊な順番」についてです.
そう,お気づきかと思われますが,この本では,「大腸」を先に学び,「胃」を後回しにしております.実はそこそこ珍しいパターンです.大腸と胃を別々に記載した本はいくらでもあります.また,食道,胃,大腸を,口から順番に説明した本も多数見受けられます.
しかし,「胃腸のうち,大腸を先に学ぶ教科書」というのはあまり多くありません.全くないわけではありませんが.そもそも「胃腸」という順番からし,胃のほうが先ですものね.では,私は何故,大腸病理学を最初に持ってきたのか?
「山野先生にどうしても参加して頂きたかったから」? ウフフ,あまりそういうキナ臭い話を大声でなさるものではありませんよ.そういうことではないのです.まあそういう意図が全くないと言ったらウソになりますが.理由は,私が,現代において消化管病理学を学ぶ場合,大腸を先に学んだほうがよいのではないか,と考えているからです.仮にあなたが胃を専門とする消化管専門医であり,胃にしか興味がないと思っていたとしても,胃の病理学を学ぶ前にまず大腸でトレーニングをすることは有益だと思います.
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たかだか40 歳そこそこの若輩である私が申し上げることではございませんが,日本の消化管病理学はまさに「比較」によって発展して参りました.1960年代ころより,切除された胃検体と胃X線像とを詳細に照らし合わせ,線と面,輪郭と付着ムラ,厚さと硬さを顕微鏡所見とつき合わせることで,消化管診断学が進歩して参りました.
そう,消化管診断学というのは当初,バリウムによって鍛えられたのです.二重造影法の開発,圧迫法,基準撮影法,検診から精査まで隙間なく発展したバリウム診断学は,胃の病変を正面視し,病理マクロ像を影絵として映し出す,極めて優秀なツールでした.日本における消化管診断学が胃バリウムからスタートしている以上,消化管病理学もまた,胃バリウム診断に端を発していると言っても過言ではありません.
皆さんもおそらくご存じであろう,「早期胃癌研究会」という研究会の名称自体が,この歴史を物語っています.あの会,別に,早期胃癌だけ検討する会ではないんですよ.
でも,組織発生学的なことを申し上げますと,消化管の「ベース」というのはそもそも胃ではなく,小腸や大腸です.そのためか,腸のほうが構造はより単純です.機能もシンプルで洗練されています.一方の胃というのは腸をかなり複雑にデコった存在であり,構造,機能,いずれも腸より極めて複雑です.
私は病理医ですので,内視鏡のトレーニングをシステマティックに行ったことがありません.ですから,胃内視鏡学と大腸内視鏡学それぞれの難しさを比べることはできません.けれども,病理診断学についてなら,胃と腸それぞれの難易度について申し述べることができます.初歩段階の組織病理学を勉強する場合,大腸と胃の差は歴然としています.大腸のほうがシンプルで学びやすいのです.
もっとも,学びはじめが簡単だからといって,大腸病理学が最後までカンタンだ,などとは全く思っておりませんが... .少なくとも,病理初学者にとってのハードルが低いのは大腸のほうです.....(一部抜粋)
JA 北海道厚生連札幌厚生病院病理診断科
市原 真